廃屋満譚

2012年5月12日 (土)

中村さんと海竜

Kaidanwind

日本という国は、太古の昔は、そのほとんどが海の底であったのだそうだ。
だからそんな遠い昔を偲ばせる…例えば大地でゆったり木の葉を食む巨大な首長竜や肉食恐竜が見つかることはほとんどない。
地殻の隆起で出来上がった山々の太古の地層の中から見つかる化石は、陸のものよりもむしろ、海のものが圧倒的に多いのはそういうことだかららしい。

Mado ここ、北海道むかわ町穂別(旧穂別町)にも9,500万~7,000万年前の太古の地層が隆起していて、そこからは海竜モササウルスやティロサウルスの骨格の一部の化石も見つかっている。
このモササウルスは調査の結果、新種と判明して「ホベツアラキリュウ(愛称:ホッピー)」と名付けられて全身復元の模型がむかわ町立穂別博物館ロビーに展示されています。
その博物館の向かいには、さらに地球創生の太古から現在、そして未来をたどる「穂別地球体験館」があり、私たちの乗る地球という大きな乗物の成り立ちを数十分で知ることができます。

Kamoi

街並みは、太古を髣髴とさせる恐竜のモニュメントをたくさん見ることができる。
だからこの街は、まるで恐竜の時代から現在へひとっ跳びしてきたみたいなのです。
中間を大雑把に飛ばしてしまった…そんな気にもなってしまうのですが、先ほどの博物館の隣には、その気持ちに似つかわしくない大きな旧家が目に入ります。

Photo

その建物は、穂別町(現むかわ町穂別)開拓の先駆者、中村平八郎さんの家で、大正10年から13年にかけて建築されました。

Hari 後に平八郎さんの長男・中村耕平さん(穂別村第7代村長・穂別町初代町長)が受け継いで、現在までに築80年を経過しています。

この立派な旧家もいつしか誰も住まない家になってしまったようですが、平成6年、耕平さんの奥さんが家を含む一帯の土地を町に寄贈しました。その時、すでに建物はかなり痛んでいました。でも、この建物は北海道開拓当時の「下見板張洋館住宅」の形を保っていること、大変骨太な造りで、造作に凝らない直線的な建物になっていること、内外部ともに広葉樹材を多用するなど材料の吟味や丁寧な施工がうかがうことができることから関係者の間で保存の議論が進み、文化庁の有形登文化財、第01-0034号の登録を受けて平成15年に現在地の町立博物館横に移築復元されました。

Irori 平屋建ての主屋を中核として、起り屋根(弓状に流れの中央部分が膨らんだ屋根)の玄関庇をもつ鉄板葺き屋根、片入母屋造り、切妻(屋根の最頂部の棟から地上に向かって二つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根)造り2階建て。和風と洋風の二つのイメージが見て取れる建築物です。
解体工事の際に屋根裏から棟梁の直筆の署名とともに施工から竣工までの詳細が記された記録(手板)も発見されたそうです。現在と違って建物は、受け渡しの商品というよりも請負の芸術作品という色合いが濃かったように思えます。

この家の初代主、穂別町開拓の先駆者でもある中村平八郎さんは、新潟県上越市高田城下の下小町で問屋を営んでいましたが明治24年、石油資源の調査のために来道。現在の穂別において良質の石油を発見しました。
中村さんも化石(化石燃料)と無縁ではなかったということですね。
そして、同26年に移住。石油業を17年続けたあと(石油資源枯渇?)農業・木炭業に転向。そのかたわら村役場の総代人・村会議員・農会の評議員などの役職も務めていました。

Photo_2

Niwa 長男の耕平さんは、明治31年に誕生。大正期に渡欧し、各地を視察・酪農業の研修ののち帰町。村の要職を経て昭和31年に第7代村長に就任しました。

当時の穂別村は財政破綻状態で村の建て直しに心血を注ぎ4期16年務めました。その間の昭和37年に町制施行により「穂別町」となる。

Dsc07107 パンフレットに載る移築改修前の中村家住宅母屋は外観は保っているものの鬱蒼とした林の中の不気味な屋敷という印象ですが、造りが堅牢なためか外観をしっかりと保っていて施工の確かさが伺えます。
太古から未来を綴る化石に関わる町の歴史と、そこから近代的なヒトの時代への受け継ぎを証言する中村家屋敷は、単に古の暮らしを彷彿とさせる器としての展示物ではなく、今も町民文化サークルのギャラリーとして現役で利用されているとのことです。

どんな町へいっても古の時を刻んできた旧家を見かけるものですが、官のものと違い民のものは、年月と風雪に痛めつけられて朽ちるままのものがとても多い。
郷土史的背景があっても安全面への配慮から「解体やむなし」として見慣れた街の色から消えていくことは少なくないものです。
昭和という時代も懐かしむ反面、その名残さえもどんどん淘汰されていく。
残されたノスタルジアな気持ちは、どこかで借りてきたように画一化された美化した思い出と混同されて泥団子みたいになっていく。
それでもその泥団子、コロコロコロコロしていると、元の色もわからないくらいにキレイに輝いていくものなのです。
その輝きをみていると、必死になってコロコロしていた苦労、リアルに通り過ぎてきた苦難なんてホントは他愛のないものなのかもしれません。
今「昭和」が輝くのは、そういう苦労から培われてきたからこそ輝いて見えるもの…

Shiftnakamuraside

そう 苦労も悲しみも涙も 時に磨かれてきたから 輝くものになるのです。
数え切れないくらい何度も行き来した床が輝くのも
そうして磨き上げたからなのでしょう。

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2011年5月 5日 (木)

ヘンゼルとグレーテル② 「ヒダル」

Castele

【前回までのあらすじ】

 ナギサは女の子の幽霊。なりきれてない感で自称、半人前の幽霊。
生前は、海の街で暮らす海の大好きな子でしたが、運命は日、彼女を『想い』だけの存在にしてしまいました。両親には声も姿もわからず、やがて彼女を残して家からも去ってしまった。
 行くところもなく、一人そこで暮らしていたナギサは、人から姿を見られることもあり、幽霊騒ぎが起きたことから人嫌いになり家に引きこもるように。多感な年頃のナギサは外の世界に憧れながらも日陰で暮らさねばならなくなった…

ある日、棟続きの家にカズヒロという男の子が越してきて、ひょんなことから押入れの穴越しに付き合うようになる。不思議にも彼にはナギサは普通に生きている子となにひとつ変わらないように見えていた。
 ナギサにも数年ぶりに楽しい日々が訪れたようだが、カズヒロは両親の都合で再び引っ越さねばならなくなってしまった。
再会の約束をしながらもナギサは、また暗がりでひとりぼっち。

 ある嵐の夜、強い風は家の屋根を壊してしまい、引きこもりの暮らしも続けられなくなってきた。
おりしも近所で起こった身に覚えの無い幽霊騒ぎ。様子を伺いに行ったナギサは、風に乗っていろいろな海を旅する幽霊に出会い、風に乗る方法を教わった。

 そうしてナギサの旅は始まったのですが、人の目が怖い彼女の旅は、自然と行き先が『時が残した忘れ形見』の旅になったようです。
 その旅の道中に出会った石地蔵の魂『コロン(石ころなのでナギサがコロンと名付ける)』という旅の道連れもできましたが、ナギサと正反対で“人間観察”の大好きなコロンをなだめるのに毎度ひと苦労…

 今日も一夜の宿として空から見つけた森の中に佇む廃墟へやってきたのですが、なにやらいつもと違い大きくて奇妙な感じのするところのようです。
そこでナギサは、うっかりエレベーターホールから階下に転落。コロンのいる上へ戻ろうとしていたところ、先にコロンの元には怪しい人影が現れていた…

イーッヒッヒッヒ… い?

Nagisaloftup
「あれ… コロンいない… どこ行ったの?」

上へ戻るとき、ちょっと驚かせてみようと企んでたのに、入れ違いにコロンは下に降りていったみたいだ。戻るって言ったのに…

『コローン コロコローッ 私、ここだよーっ』

Nagisawake 返事がない。
屋上に行ったのだろうか…まさか勝手に表へは行ってないだろうなぁ…
それにしても返事くらいできるだろうに

まてよお…コロンも私を驚かそうとしてしてるんじゃ… そんなとこあるからなぁ。
よし!そうはいかないぞ。 まだ外も明るいし、受けてやろうじゃないか!
回りを気にしないフリをしながらも細心の注意で探すことにしよう。

作りかけで止まってしまったみたいな建物。命が入っていないようで静かだ。
建物の命はいつ入るのだろう…
鉄や石や木や、そのほかいろいろなもので作られたお城。
大きな体を形作る部品は、またそれぞれ命を持って、別な心も持って、ひとつの建物として完成した時、初めて建物としての心になるのだろうか。
私が話してきた建物や橋や、いろんなものたちは「その形として」の心を持っていた。でも、その以前もそれから先のことも、どうなっていくのかよくわからない。

Monster

 そういえば、コロンも始めからコロンじゃなくて大きな石の一部だったということを聞いたことがあった。
それが割れて、小さくなって、小さなひとかたまりになったときに初めて『コロン』という心が目覚めたらしい。
ひとつの体があって、ひとつの命がある人もまた、同じじゃないだろうかと思うことがある。

 元は、何か大きなもののホンの一部で、そこから「私」という欠片が落ちることが誕生というものなのだろう。
今こうして「この世」にとどまるための器を失った欠片。それでも私はまだ私なんだ。

いつか、今の私がもっと小さいものになるか、大きなもののひとつになることで「私」という存在が残っていても別なものとして変っていくのかもしれない。

そういう覚悟は、いつかしないとならないだろう…

Nagisa_up

抜け殻になった建物(体) 抜け出てしまった私

私は、まだ「私」のまま。
体のない半人前な存在の私。 それが「私」

ひとりになると、そんなことを考えてしまう。
このまま何も変らないで、何にもならないでズーッと旅しているけど
こんな日もいつか、終わらせる日が来るんだろうなぁ…
私がこの世界に留まっていこと。それが「迷い」ということのか…。

『幽霊』って、きっとそういうものなんだろう…

えーいっ!ダメだ!ダメだ!
そんなこと考えてるから、コロンに言われるんだ。

『ナギサーン!ひきこもりぁダメですらにぃ。もっと明るくに出りませんとなぁ』

そうだ!コロンを探してたんだ…

 

 

 

一方、海を隔てた向こう側の町。カズヒロは、居候の幽霊に大変うんざりしていた。

Mtbook

「山は良いところよーっ。君も登ってみればいいのに…」

「あんたがそれを言うわけ?」

「私? なにが? どうして?」

「…だって…山で…」

「…そうよ。山で死んだよ。でも、だからって山が鬼ってことにはならないじゃない…」

「だけどさ…なんつーか…説得に欠けるじゃないか」

「ああ!そっか!…だよね。山で遭難した私の言うことじゃないよね。ハハハ…。でも、あれは私の不注意なんだし、いまさらどうこう言ってもねぇ…」

Wm0010  数ヶ月前から、この幽霊にとり憑かれている。
生前は大学の山岳部員で、登山中の事故で亡くなったそうだ。
捜索では見つけてもらえなかったらしい…。
自力(?)で戻ったその家も、すでに空家になるほど年月が流れて、行き場を無くしてたところに通りかかったのが俺らしい。
始めは、怖いというか、驚いたというか、信じられない気持ちで呆然としていたけど、もう慣れた。
慣れたというよりあきらめたというべきだろうか…

いや!あきらめるもんか! 四六時中傍にいて、やることなすこと全部見られているのは、もうガマンできない。

「別に君をとり殺すつもりなんて全然ないよ。それで私がなにか得するわけでもないしさ…。行き先ができたらちゃんと離れるから、それまで一緒にいさせてよ…。ね?」

断ると、それこそ逆恨みでとり殺されるような気がして嫌とは言えなかった。
選ぶ選ばないというよりこれは、暗黙の強制みたいだ…

「カズ?近頃、食欲ないの?なんだか疲れてるみたいよ」

母さんも言ってた。
やっぱり、やつれて見えるんだろうな。
そりゃそうだよ。いつも幽霊が傍にいるんだから。
言っても信じてくれないだろうけど、寝てるときも 学校に行くときも トイレの中だって…

「ねえまだ終わらないのこんな狭いところじゃ落ち着かない

「なら外に行っててくれよ!出るものも出やしないじゃないか!」

「照れてるの? カワイイ…」

Wm0016 そういう問題じゃないって…!
そもそも幽霊なんてのは、なんていうか、狭くて薄暗いところにいるもんだろ。
しかし…この調子じゃ、やつれてくるのも無理ないな…いつも見張られてるみたいで充分ストレスだ。
幽霊に取り憑かれるっていうのは、たぶんこういうことなんだろう。
「恨み」とか「呪い」ってのは、今はよくわかんないけどさ…

「ところで“ヒダル”…」

「だから私の名前は“ヒカル”

幽霊の名は「ヒカル」という。
それを「ヒダル」と聞き違えただけで、すごくムッとしてた。

「ヒダルって“大台ケ原”あたりに出るやつでしょ。伝説ににでてくる妖怪でさ、入山した人に取り憑いて衰弱死させるんだとか…怖いよねぇ…」

※三重県と奈良県の県境にある標高1400~1600の大地。山中で突然の脱力感や体に重みを感じることがあり歩くこともできなくなるという。火山ガスの影響が考えられたが火山は存在しない場所である。調査により、森林内の枯葉などの堆積物が腐敗する過程に発生する二酸化炭素説が有力。「大台ケ原」の場合、有機物の存在・暖かい気温・湿度など二酸化炭素の発生する要因が整っていることが判明している。これは、大台ケ原に限ったことではなく、季節により日本全国で同様のことは起こりうる。二酸化炭素を大量に吸い込むと心拍数の増大、脱力感、意識障害など中毒症状が現れるため、登山の際は窪地などガスの溜まりやすいところでは注意が必要。また単独登山も避けるべきである。

 

 

それじゃアンタそのまんまじゃないか…と思うけど…冗談でも言えない。
ホントに殺されちゃかなわないから。
でも、嫌味を込めて、いつも間違えたフリで“ヒダル”と呼んでる。
いつもそうだとさすがの幽霊でもあきらめが付くのか“ヒダル”で返事するようになった。

Hol 「ヒダル?なんで、よりによって俺にくっ付いてるのさ?中学生の俺にさ」

「うーん…なんとなく、つかまりやすい人がわかるのかな…。そう!アサリみたいな感じで」

「アサリ

「水に漬けたアサリみたいに白いのを出しててさ。いつもじゃないけどね。 それがあると私はつかまって行けるの。多くの人はいつもピッタリ口を閉じてるから、私も無理。ここまで戻ってこられたのも、そうして人を渡り歩いて来たからだよ」

「舌って…そんなのをだらしなく出してるわけなのかい」

「違うってそれが「霊感」っていうものなんだよ。霊が絡みつきやすいものなんだよ。君はそういうところが優れているよ」

…なんだ、それって褒められてるわけ?

「じゃあ、もっと役に立ちそうなのに乗り換えてくれればいいじゃないか。霊能者みたいなのとかさ」

「ところが、お寺とかにも寄ってみたけどさぁ、そんな人が都合よくどこにでもいるわけじゃないのさ。山から町まで降りてきてもここに来るまで何年も足止めになったんだし」

「でもさ、俺に取り憑いたって何もできないよ」

「確かに、中学生じゃねぇ…。だけど、こうして話までできたのは君が始めてよ。…君さ、前にもこういうことあったんじゃないの?」

「前にって…取り憑かれたこと? ないよ

「気づかなかっただけじゃないの? 私はわかるよ。君にはそんな匂いがある…」

「えっ?どんな匂い?」

「いやぁ頭悪いよね“匂い”ていうのは例え

ヒダルはそう言うけど、幽霊と知り合ったことなんか、ただの一度だってない! なかったはずだ…

 

 

 

Syata

「コローンあれぇ…ホントどこいっちゃったのかなぁ…」

あちこち探した。 ずいぶん探した。
古い鍋や壁の穴まで覗いてきたけれどコロンは、どこにもいる様子がない。
この建物は大きすぎるんだな…。
いよいよとなったら「線」を延ばして建物全体を探るしかないか…。
それだと、このゲームのルールにはインチキだろうけど。

わあっ ビックリしたコロン~っ!どこ行ってたの?」

Nagisastan 「…」

「コロンも人…いや、石が悪いよぉっ。 たしかに私の負けだけどさ」

「…」

「…?」

あれ?怒ってるのかな…?私、何か悪いことした?

「ねぇ…コロン… まだ外は明るいし、近くの街まで行ってこようか…」

「…」

「違うコロンじゃない…あなた…いったい誰

Gosthand4th

『うわぁっ

たくさんの手に捕まれて
私の体は、グリグリ コネコネ粘土みたいに千切られそうになったり、丸められたり…
なんとか逃げようとしたけれど、すぐに何がなんだかわけが分からなくなった。

 

 

気がつくと─錆だらけの狭い部屋にいた…

「あや?ナギサン お目覚めしたすか。お早な到着でしなやぁ!」

「あっコロン やっぱり、あれコロンじゃなかったんだよかったぁ

「ナギサン、あやつらがあてに見えましたのだか?」

「いや…そうじゃなくて…えーと…ゴメン…。 それよか何なの、あの人なにも悪いことしてないのに、こんなとこに詰め込んでぇ…もしかして勝手にここに入ってきたから?」

「あっしも良ぉわかりしませんなだぁ」

「面倒だし、こっそり出てこうよ。今ならいないみたいだし、こんな隙間だらけのとこならすぐに逃げられるよ」

「どやかなぁ…あては無理やぁて思いしまはるよ」

「大丈夫。ちょっと様子を見てくる」

ホントのところアイツがなんなのかはどうでもいい。
めんどうなことからは、できるだけ早いうちに逃れるべきだ…
少なくともこんなところに押し込められたんじゃ、相手が善人とは思えないから。

Nagisaesc5

「ナギサン?どなでしかな?」

大丈夫みたい。今はいな… わっ ち、ちょっと待ってお願い私の話聞いてやめてやめてヤメテーっ

Nagidango

「ナギサン、大ジョブか? えらい早いこったんなぁ…」

「あぅ…ナギサン…もうダメぇ…」

 卵の中に入れられて振り回されたみたいに、もうフラフラだった。
なんだか、すごく面倒なことになったのみたいだ。
どうしようかとゴチャゴチャな頭で考えてたら、ずっと前に読んだ『ヘンデルとグレーテル』のお話がよぎってくる。

森で迷った兄妹が見つけたお菓子の家は、恐ろしい魔女の家で、捕まって食べられそうになるというお話。
私とコロンもあいつに食べられてしまうのかなぁ…

Glow

そう思うと、なんだか悲しくなってきた…

                             (つづく)

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2010年11月28日 (日)

ヘンゼルとグレーテル ①

           「わーっとっとっとと…」

Dscf4911

「ナギサーン…危い着陸だしな。落りゃあ石ころかて粉々になりるやす」

「そ…そんなこと言ったってさ…こんな小さいところに降りるの大変なんだよーっ」

「そんに小さなとこすかなぁ…」

私はナギサ。名乗るほどでもない普通の幽霊の女の子。
風に乗って、あちこちへと風任せの旅をしている。
今日は、たくさんの木が生い茂る緑の海をなぞりながらここまで来た。

Dscf49082

もうじき日が暮れてくるから泊まるところを探してた。ずーっと樹海を越えて。
近くに街も見えたけれど、人のこないこういうところで適当なところを探すのは大変だ…。今日のところはうまく見つかったけど、森の中に野宿することになるとイタズラなキツネや腹ペコなクマにからかわれることになるから、それは避けたい。
やっぱり屋根や壁のある建物の中のほうが落ち着くことができる。

「今日のとこわ、ここになりあすか?」

「うん…ほかにいいところも見当たらないしね」

「さきほどな、街が見えられたんだがに」

「それは…コロンは、いいけどさ…」

Dscf4897 コロンは海沿いの町で出会ったお地蔵様の彫られた石の魂。コロンの名前は私が付けた。
それから一緒に旅をしている。

「人間観察」マニアのコロンと私は正反対。
そのコロンは、人から姿を見られることはないけど、私はチラチラ見られることがあるから嫌なんだ。

体があると普通の人。無くなれば怖い幽霊。
人にとって『死』は恐れに他ならないから、その向こう側のものであるべき私は、まだ生きている人から見ると『恐ろしいもの』でしかないのだろう。
それでも私は、ずっとこちら側にいる。まだこっち側にいなければならないんだ。
だから、なるべく『こちら側のルール』に従わなければならないのだと思う。
私は幽霊なんだから…

「ナギサン、人目辛いなんだば人にさ化ければ良しなに?」

「うーん…じゃ明日ね。明日なら少し良いよ…。久しぶりだし少しくらいなら」

こんな私にも数時間だけ生きている人と同じ姿になることができる力がある。
でも、たった数時間ほどしかその体のままでいられない。

春の大地から立ち上る陽炎

夏の朝、深く吐き出された木々の深呼吸

秋の実りから立ち上る豊かな収穫の芳香

そして冬の陽射しの中できらめく氷の粒

そんな、この地上に溢れる「体を作る元」を寄せ集めて作り上げた借り物の体にすぎないから…。

Dscf4788

「わかりったましてや。しかし此処なは大きな根城に見えしです」

「うん。たしかに大きいとこだよ。学校じゃなさそうだし病院かホテルの感じだよね…」

「ナギサン。さっき小さいとこや言ったやねすか?」

「だからあっそれは、そらから見たときの事だって」

「そうでしか?こんだら大きいと下にゃ誰か居るのやもしれねすな」

「うん…そだね。いちお調べておいたほうがいいかも…」

木立が傍まで迫って支えられているみたいな建物。
空から見おろしたときは、滑走路みたいだったけれど、意外と高い建物だったんだ。
いつもは空家とか、橋の下やマンホールなので、こんな大きなところも久しぶりで、まだ少し落ち着けない。
屋上のあちこちは、棘みたいな太い針金がたくさん張り出していて、樹の海に浮かぶ武装した船のようだ。
その異様な感じが落ち着けない原因のひとつなのだと思う。

Colon_jump

「ナギサーン!下は、何しろメイロみたなようでな。あてらは先ん行っておりましすから!」

「えっあっちょっと待ってよコロン

人がいるかもしれないという私にとっての不安は、コロンにとって期待らしく、ホイホイ下へ降りていった。
風に乗るときは私の左腕に腕時計の姿でしがみ付いてるだけなのに…
私も用心しつつ後を追う…。

Dscf4923

あちこちからサボテンみたいに棘を生やした薄っぺらな階段を降りる。
コロンはどこまで行ったのかな…
ふたりでの旅も長いから1人になると不安になってくる。
幽霊になってから、ずーっと孤独だったときは何とも思わなくなってたけど、やはり孤独は辛い。
人に見られるのが辛いと言いながら、人の香りが残る場所の近くをさまよう私は、やっぱり寂しいんだろう。
どうせだったら、人と幽霊が共存できる世の中にならないかなぁ…と思うこともあるけど、そんなことを考えてしまう自分に少し笑った…。

Dscf4927 「ナギサン!遅いますや。でかいナリしてるに、なにやら細げぇとこだねや」

ところどころに光の溜まり場を作りながら奥まで真っ直ぐ続く廊下が見えた。

「わーっ、やっぱりホテルみたいだねもしかしたら病院かもしれないけど…

「なにげで細く分けとりますねや?」

「このひとつひとつが部屋なんだよ。たぶん」

でも、それにしては。まだ何か不思議に殺風景な気がしてた。

「ここなの赤い書いたらありますのは何やでナギサン?」

「これは…字と違うよ。なにかの記号だよ。意味は分からないけど…」

Dscf4856

「人はここだで何しますのかいな?」

「何って…旅行だよ。旅の途中で休んだり寝たりする場所」

「人さは寝ないとそんなにダメんなになりにか?」

「そう…休ませてあげないと弱ってしまうよ。私も夜は毎日眠くなってたよ」

「そらメンドなものでしな。ホンに人は不思議にゃモンでだなよ」

Dscf4930

廊下の左右にある部屋を順に覗きながら、ふと思い出したことがある。

まだ、自分の体があった頃。
こんな風に大きくて、部屋のたくさんあるホテルか温泉に泊まった時のこと─
自動販売機までジュースを買いに行ったら帰りに部屋がわからなくなったことがあった。
全部同じドアで、開けてみたら掃除道具入れだったりして…???!

そうだ…ドアだよ!

「コロン?ここの部屋にはドアのあるところがひとつもないみたいだよ

「そうなすか?あては、ども思いやしまへんねやが」

ドアに気が付くと、他のいろんなことにも気が付いてきた。
壁がみんな剥きだしの冷たいコンクリートのままで、壁紙がはがされた様子もない。
部屋の中もガラスの欠片が散らばっていないから、ずっと前から窓は入っていなかったような感じがする。

Nagisa_on_room

「ねぇ…?古くなってるようだけど、ここ作りかけなんじゃないかなぁ…」

「そすかな。あそこんらには誰か住んどた跡んもあるましたにが?」

Dscf4817 「えっホント

コロンの言ってた部屋には、確かに鍋とか料理に使ったものが転がってる。
埃を被っているので、しばらく前の名残ではあるようだ。

(でも、用心しないと…誰かがいるのかもしれない)

映画の主役になったような気がしてきた。
姿の見えない敵を探して部屋をひとつ、またひとつと確認していく…
こんな大きな建物に来たのは、やっぱり面倒だったかもしれない。
そう思いつつ私もこのゲームにはまり込んでいた…。

Dscf4918 「あれゃ?ナギサン?どこ行きはりましたいなぁっ?」

「シッ!こっちだよ… あっわわわぁあーっ

「なしたか?ナギサン?ナギサン!」

「こっちだよ~っ」

「どっちこでか?あれぁ?ナギサンそんなだとこで何してるだか?」

「落ちたーっ…」

あ~っもうゲームオーバーか…。死ぬかと思った…。(幽霊だけど)

こっちを見下ろしているコロンの顔がすごく小さく見えた。3階分くらい落ちたんだな…
どうやら入ったのがエレベーターの部屋にだったらしい。
やはり作りかけの建物だったようでエレベーターの箱もなかった。

「あても、そこいらに落ちたほがいいですかーっ?」

「いやっいいよぉっ私がそっちに戻るから」

「そこいらはどのようになるてますか?」

「そっちと同じだと思うよ…上よりは広いみたいだけど。階段…どこだろ…」

Nagisa_stand

ここは一番下の階で広く見えるのはロビーだかららしく、さっきの階よりも天井が高い。
湿った泥の流れ込んだ床は動物の足跡に混じって人の靴跡もいくつかあった。
ドキッとしたけれど、そのいずれも新しいものではないようで、人がしばらく来ていないらしいのは、わかる…。

「ナギサンも奇特しはりにますなぁ…」

Colonback3

「あや?ヌシはどちらのモノでっか?」

                                (つづく)

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2009年10月 9日 (金)

プレハブ

Dscf2239

季節はうつろいゆく
ヒトの作るもの以上にめまぐるしく そして確実に組み替える
ヒトの作るものも覆い隠さんとするかのように…

ヒトの時間は、シヴァの居眠りにも満たない一刹那。
朝開いた鮮やかな花のごとく夕べには醜く萎れて消えて
景色の中に置かれた棲家もやがて朽ち崩れていった。
古いといってもたかだか数十年。ヒトの名誉も栄華も夢も一過性に過ぎないのだろうか。

Dscf2261

置き忘れられた風景が久しく忘れられるのは、一端に自然の包容力のほうが凌いでいるように思えて、この間まで人が出入りしていた店の前にもう背の高い雑草が揺らめいてる。そうしてひとつの時間が終わったことを知らせる。
それは不動産の「空テナント」の文字よりも早いのかもしれないね。
同じ『空』でも空しい「空」
季節は無言で知らせてくる。
春の草花 夏の緑 秋のコスモス うっすら降り積もった新雪…
「もう、行ってしまったよ…」と言うように。

Dscf2233

緑の秋痩せが進んだ朝、郊外というには人里離れたところ。
畑作地が続いているけど畑だったのもずいぶん昔に思えるほどに荒れ果てて見えた。
その奥の藪の中に緑色の外壁が見え隠れしている。
近くには木立に行き先を阻まれたマイクロバスも…

プレハブ? 物置か資材庫かなぁ…

Dscf2240 そう思いつつ、壁から出ている曲がった煙突とか網を張った窓が気になって、ワシワシとクマザサを踏み分けて近づいてみる。プレハブって簡易的なものだからそれほど魅力は感じないのだけれど。
プレハブの回りは旧家があったと思われる残骸が散らばっていた。
建物は、このプレハブを除いて全て潰れてしまったようです。
手押しポンプがひとりで頑張って立ってて、五右衛門風呂の釜が落ち葉色にまぎれて空に向かってポカンと口を開けている…

Dscf2254

Dscf2244 プレハブと家は同じ時間を共有していたものではないらしい。
ともかく、ひとり残されて秋空の下で小さく干からびたサナギのように木立の中へ残されて、打ち破られたような入口からクマザサが中へ入り込もうとしている。
中を伺うと…煙突が出ていたことからやはり、倉庫ではなかったようだ。
食器棚 シンク ソファー 布団の山…明らかに人が暮らした名残。
こんなにも人里から遠ざかったところにも電気があって文化的な生活は送れたようです。でも、ストーブがあるとはいえ、極寒の北海道の冬に断熱材の無いプレハブは辛いです。
もちろん昔から断熱材に覆われた冬暖かい家があったわけでは、ないですが…。

Dscf2252 これは?
小さなメモ─。入院中の母が、ここに暮らす子の元に訪れたが残念ながら留守だったという感じの置手紙。
ここは、何かの雇われ人が、まかない部屋として使っていたようですね。
家具は、ここに置かれる以前から使い古した感がありましたし…
病身の身を起こして我が子に会いに来たけれど…
プレハブに住まった人は、もう戻らないでしょう。
それほどに年月も経ってしまったようです。

「天高く─」という歌があるように秋の空はどこまでも高い。
宇宙までも「そら」とするなら空は果てしなく高いのだけれど、夏の空は色濃くて雲が流れるさまは、天井画のように見える。
『絵に描いたような─』って表現があるけれど実物が絵のように見える不思議な錯覚。
それでも秋の空を流れ行く雲たちは、ひときわ高いところから精密機械の回路基板よりも細かい大地を見下ろしているようです。
何を想うのか… 何も想わないのか… 想わないよね。

Dscf2242 小さい頃、近くの川が河川改修工事をしていた頃。
その川は、いかにも流れが、その力をもって大地に記した自然の川で、大雨が降ると川べりの樹木を押し流して川幅も広げてしまうほどでしたが、川上の方から順に板チョコみたいな形のコンクリートを張り巡らせた高速道路みたいな川に変わっていきました。

そんな大金をかけて改修した川も今風潮だと、同じようにお金をかけて元の形の川に戻すなんてこともあるようです。
当時の工夫の人達は、今のように自家用車で毎日帰宅というものではなかったらしく(出稼ぎということもあり)工事の進捗に合わせてプレハブ2階建ての仮宿舎が移動してきて、奇妙な光景に感じました。
自分の家より大きなのがあっという間に建ったり、たたまれたり…
みたこともない「働く車」が走り回って、工事というよりサーカス一座の移動のイメージに思えました。そんな遠い記憶…

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Dscf2248 薪はぜるストーブ 風に軋む小屋。
年月は、望む・望まないに関らず家族を振り分けていく。
親ばなれできない子。子ばなれできない親。
脳裏をよぎる軽い劣等感は、母の顔に刻まれた皺よりも多く、深い。
ただ、その愛情を受けることだけが今できる母の想いに報いる唯一の手立てみたいに思えてくる。

「大丈夫だよ 元気でやってるよ」

想いの渦に巻き込まれかけたところで

「パチン!」 

はぜる薪の音が心を現世へ呼び戻した…。

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