ナギサ・フライト

2011年5月 5日 (木)

ヘンゼルとグレーテル② 「ヒダル」

Castele

【前回までのあらすじ】

 ナギサは女の子の幽霊。なりきれてない感で自称、半人前の幽霊。
生前は、海の街で暮らす海の大好きな子でしたが、運命は日、彼女を『想い』だけの存在にしてしまいました。両親には声も姿もわからず、やがて彼女を残して家からも去ってしまった。
 行くところもなく、一人そこで暮らしていたナギサは、人から姿を見られることもあり、幽霊騒ぎが起きたことから人嫌いになり家に引きこもるように。多感な年頃のナギサは外の世界に憧れながらも日陰で暮らさねばならなくなった…

ある日、棟続きの家にカズヒロという男の子が越してきて、ひょんなことから押入れの穴越しに付き合うようになる。不思議にも彼にはナギサは普通に生きている子となにひとつ変わらないように見えていた。
 ナギサにも数年ぶりに楽しい日々が訪れたようだが、カズヒロは両親の都合で再び引っ越さねばならなくなってしまった。
再会の約束をしながらもナギサは、また暗がりでひとりぼっち。

 ある嵐の夜、強い風は家の屋根を壊してしまい、引きこもりの暮らしも続けられなくなってきた。
おりしも近所で起こった身に覚えの無い幽霊騒ぎ。様子を伺いに行ったナギサは、風に乗っていろいろな海を旅する幽霊に出会い、風に乗る方法を教わった。

 そうしてナギサの旅は始まったのですが、人の目が怖い彼女の旅は、自然と行き先が『時が残した忘れ形見』の旅になったようです。
 その旅の道中に出会った石地蔵の魂『コロン(石ころなのでナギサがコロンと名付ける)』という旅の道連れもできましたが、ナギサと正反対で“人間観察”の大好きなコロンをなだめるのに毎度ひと苦労…

 今日も一夜の宿として空から見つけた森の中に佇む廃墟へやってきたのですが、なにやらいつもと違い大きくて奇妙な感じのするところのようです。
そこでナギサは、うっかりエレベーターホールから階下に転落。コロンのいる上へ戻ろうとしていたところ、先にコロンの元には怪しい人影が現れていた…

イーッヒッヒッヒ… い?

Nagisaloftup
「あれ… コロンいない… どこ行ったの?」

上へ戻るとき、ちょっと驚かせてみようと企んでたのに、入れ違いにコロンは下に降りていったみたいだ。戻るって言ったのに…

『コローン コロコローッ 私、ここだよーっ』

Nagisawake 返事がない。
屋上に行ったのだろうか…まさか勝手に表へは行ってないだろうなぁ…
それにしても返事くらいできるだろうに

まてよお…コロンも私を驚かそうとしてしてるんじゃ… そんなとこあるからなぁ。
よし!そうはいかないぞ。 まだ外も明るいし、受けてやろうじゃないか!
回りを気にしないフリをしながらも細心の注意で探すことにしよう。

作りかけで止まってしまったみたいな建物。命が入っていないようで静かだ。
建物の命はいつ入るのだろう…
鉄や石や木や、そのほかいろいろなもので作られたお城。
大きな体を形作る部品は、またそれぞれ命を持って、別な心も持って、ひとつの建物として完成した時、初めて建物としての心になるのだろうか。
私が話してきた建物や橋や、いろんなものたちは「その形として」の心を持っていた。でも、その以前もそれから先のことも、どうなっていくのかよくわからない。

Monster

 そういえば、コロンも始めからコロンじゃなくて大きな石の一部だったということを聞いたことがあった。
それが割れて、小さくなって、小さなひとかたまりになったときに初めて『コロン』という心が目覚めたらしい。
ひとつの体があって、ひとつの命がある人もまた、同じじゃないだろうかと思うことがある。

 元は、何か大きなもののホンの一部で、そこから「私」という欠片が落ちることが誕生というものなのだろう。
今こうして「この世」にとどまるための器を失った欠片。それでも私はまだ私なんだ。

いつか、今の私がもっと小さいものになるか、大きなもののひとつになることで「私」という存在が残っていても別なものとして変っていくのかもしれない。

そういう覚悟は、いつかしないとならないだろう…

Nagisa_up

抜け殻になった建物(体) 抜け出てしまった私

私は、まだ「私」のまま。
体のない半人前な存在の私。 それが「私」

ひとりになると、そんなことを考えてしまう。
このまま何も変らないで、何にもならないでズーッと旅しているけど
こんな日もいつか、終わらせる日が来るんだろうなぁ…
私がこの世界に留まっていこと。それが「迷い」ということのか…。

『幽霊』って、きっとそういうものなんだろう…

えーいっ!ダメだ!ダメだ!
そんなこと考えてるから、コロンに言われるんだ。

『ナギサーン!ひきこもりぁダメですらにぃ。もっと明るくに出りませんとなぁ』

そうだ!コロンを探してたんだ…

 

 

 

一方、海を隔てた向こう側の町。カズヒロは、居候の幽霊に大変うんざりしていた。

Mtbook

「山は良いところよーっ。君も登ってみればいいのに…」

「あんたがそれを言うわけ?」

「私? なにが? どうして?」

「…だって…山で…」

「…そうよ。山で死んだよ。でも、だからって山が鬼ってことにはならないじゃない…」

「だけどさ…なんつーか…説得に欠けるじゃないか」

「ああ!そっか!…だよね。山で遭難した私の言うことじゃないよね。ハハハ…。でも、あれは私の不注意なんだし、いまさらどうこう言ってもねぇ…」

Wm0010  数ヶ月前から、この幽霊にとり憑かれている。
生前は大学の山岳部員で、登山中の事故で亡くなったそうだ。
捜索では見つけてもらえなかったらしい…。
自力(?)で戻ったその家も、すでに空家になるほど年月が流れて、行き場を無くしてたところに通りかかったのが俺らしい。
始めは、怖いというか、驚いたというか、信じられない気持ちで呆然としていたけど、もう慣れた。
慣れたというよりあきらめたというべきだろうか…

いや!あきらめるもんか! 四六時中傍にいて、やることなすこと全部見られているのは、もうガマンできない。

「別に君をとり殺すつもりなんて全然ないよ。それで私がなにか得するわけでもないしさ…。行き先ができたらちゃんと離れるから、それまで一緒にいさせてよ…。ね?」

断ると、それこそ逆恨みでとり殺されるような気がして嫌とは言えなかった。
選ぶ選ばないというよりこれは、暗黙の強制みたいだ…

「カズ?近頃、食欲ないの?なんだか疲れてるみたいよ」

母さんも言ってた。
やっぱり、やつれて見えるんだろうな。
そりゃそうだよ。いつも幽霊が傍にいるんだから。
言っても信じてくれないだろうけど、寝てるときも 学校に行くときも トイレの中だって…

「ねえまだ終わらないのこんな狭いところじゃ落ち着かない

「なら外に行っててくれよ!出るものも出やしないじゃないか!」

「照れてるの? カワイイ…」

Wm0016 そういう問題じゃないって…!
そもそも幽霊なんてのは、なんていうか、狭くて薄暗いところにいるもんだろ。
しかし…この調子じゃ、やつれてくるのも無理ないな…いつも見張られてるみたいで充分ストレスだ。
幽霊に取り憑かれるっていうのは、たぶんこういうことなんだろう。
「恨み」とか「呪い」ってのは、今はよくわかんないけどさ…

「ところで“ヒダル”…」

「だから私の名前は“ヒカル”

幽霊の名は「ヒカル」という。
それを「ヒダル」と聞き違えただけで、すごくムッとしてた。

「ヒダルって“大台ケ原”あたりに出るやつでしょ。伝説ににでてくる妖怪でさ、入山した人に取り憑いて衰弱死させるんだとか…怖いよねぇ…」

※三重県と奈良県の県境にある標高1400~1600の大地。山中で突然の脱力感や体に重みを感じることがあり歩くこともできなくなるという。火山ガスの影響が考えられたが火山は存在しない場所である。調査により、森林内の枯葉などの堆積物が腐敗する過程に発生する二酸化炭素説が有力。「大台ケ原」の場合、有機物の存在・暖かい気温・湿度など二酸化炭素の発生する要因が整っていることが判明している。これは、大台ケ原に限ったことではなく、季節により日本全国で同様のことは起こりうる。二酸化炭素を大量に吸い込むと心拍数の増大、脱力感、意識障害など中毒症状が現れるため、登山の際は窪地などガスの溜まりやすいところでは注意が必要。また単独登山も避けるべきである。

 

 

それじゃアンタそのまんまじゃないか…と思うけど…冗談でも言えない。
ホントに殺されちゃかなわないから。
でも、嫌味を込めて、いつも間違えたフリで“ヒダル”と呼んでる。
いつもそうだとさすがの幽霊でもあきらめが付くのか“ヒダル”で返事するようになった。

Hol 「ヒダル?なんで、よりによって俺にくっ付いてるのさ?中学生の俺にさ」

「うーん…なんとなく、つかまりやすい人がわかるのかな…。そう!アサリみたいな感じで」

「アサリ

「水に漬けたアサリみたいに白いのを出しててさ。いつもじゃないけどね。 それがあると私はつかまって行けるの。多くの人はいつもピッタリ口を閉じてるから、私も無理。ここまで戻ってこられたのも、そうして人を渡り歩いて来たからだよ」

「舌って…そんなのをだらしなく出してるわけなのかい」

「違うってそれが「霊感」っていうものなんだよ。霊が絡みつきやすいものなんだよ。君はそういうところが優れているよ」

…なんだ、それって褒められてるわけ?

「じゃあ、もっと役に立ちそうなのに乗り換えてくれればいいじゃないか。霊能者みたいなのとかさ」

「ところが、お寺とかにも寄ってみたけどさぁ、そんな人が都合よくどこにでもいるわけじゃないのさ。山から町まで降りてきてもここに来るまで何年も足止めになったんだし」

「でもさ、俺に取り憑いたって何もできないよ」

「確かに、中学生じゃねぇ…。だけど、こうして話までできたのは君が始めてよ。…君さ、前にもこういうことあったんじゃないの?」

「前にって…取り憑かれたこと? ないよ

「気づかなかっただけじゃないの? 私はわかるよ。君にはそんな匂いがある…」

「えっ?どんな匂い?」

「いやぁ頭悪いよね“匂い”ていうのは例え

ヒダルはそう言うけど、幽霊と知り合ったことなんか、ただの一度だってない! なかったはずだ…

 

 

 

Syata

「コローンあれぇ…ホントどこいっちゃったのかなぁ…」

あちこち探した。 ずいぶん探した。
古い鍋や壁の穴まで覗いてきたけれどコロンは、どこにもいる様子がない。
この建物は大きすぎるんだな…。
いよいよとなったら「線」を延ばして建物全体を探るしかないか…。
それだと、このゲームのルールにはインチキだろうけど。

わあっ ビックリしたコロン~っ!どこ行ってたの?」

Nagisastan 「…」

「コロンも人…いや、石が悪いよぉっ。 たしかに私の負けだけどさ」

「…」

「…?」

あれ?怒ってるのかな…?私、何か悪いことした?

「ねぇ…コロン… まだ外は明るいし、近くの街まで行ってこようか…」

「…」

「違うコロンじゃない…あなた…いったい誰

Gosthand4th

『うわぁっ

たくさんの手に捕まれて
私の体は、グリグリ コネコネ粘土みたいに千切られそうになったり、丸められたり…
なんとか逃げようとしたけれど、すぐに何がなんだかわけが分からなくなった。

 

 

気がつくと─錆だらけの狭い部屋にいた…

「あや?ナギサン お目覚めしたすか。お早な到着でしなやぁ!」

「あっコロン やっぱり、あれコロンじゃなかったんだよかったぁ

「ナギサン、あやつらがあてに見えましたのだか?」

「いや…そうじゃなくて…えーと…ゴメン…。 それよか何なの、あの人なにも悪いことしてないのに、こんなとこに詰め込んでぇ…もしかして勝手にここに入ってきたから?」

「あっしも良ぉわかりしませんなだぁ」

「面倒だし、こっそり出てこうよ。今ならいないみたいだし、こんな隙間だらけのとこならすぐに逃げられるよ」

「どやかなぁ…あては無理やぁて思いしまはるよ」

「大丈夫。ちょっと様子を見てくる」

ホントのところアイツがなんなのかはどうでもいい。
めんどうなことからは、できるだけ早いうちに逃れるべきだ…
少なくともこんなところに押し込められたんじゃ、相手が善人とは思えないから。

Nagisaesc5

「ナギサン?どなでしかな?」

大丈夫みたい。今はいな… わっ ち、ちょっと待ってお願い私の話聞いてやめてやめてヤメテーっ

Nagidango

「ナギサン、大ジョブか? えらい早いこったんなぁ…」

「あぅ…ナギサン…もうダメぇ…」

 卵の中に入れられて振り回されたみたいに、もうフラフラだった。
なんだか、すごく面倒なことになったのみたいだ。
どうしようかとゴチャゴチャな頭で考えてたら、ずっと前に読んだ『ヘンデルとグレーテル』のお話がよぎってくる。

森で迷った兄妹が見つけたお菓子の家は、恐ろしい魔女の家で、捕まって食べられそうになるというお話。
私とコロンもあいつに食べられてしまうのかなぁ…

Glow

そう思うと、なんだか悲しくなってきた…

                             (つづく)

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2010年11月28日 (日)

ヘンゼルとグレーテル ①

           「わーっとっとっとと…」

Dscf4911

「ナギサーン…危い着陸だしな。落りゃあ石ころかて粉々になりるやす」

「そ…そんなこと言ったってさ…こんな小さいところに降りるの大変なんだよーっ」

「そんに小さなとこすかなぁ…」

私はナギサ。名乗るほどでもない普通の幽霊の女の子。
風に乗って、あちこちへと風任せの旅をしている。
今日は、たくさんの木が生い茂る緑の海をなぞりながらここまで来た。

Dscf49082

もうじき日が暮れてくるから泊まるところを探してた。ずーっと樹海を越えて。
近くに街も見えたけれど、人のこないこういうところで適当なところを探すのは大変だ…。今日のところはうまく見つかったけど、森の中に野宿することになるとイタズラなキツネや腹ペコなクマにからかわれることになるから、それは避けたい。
やっぱり屋根や壁のある建物の中のほうが落ち着くことができる。

「今日のとこわ、ここになりあすか?」

「うん…ほかにいいところも見当たらないしね」

「さきほどな、街が見えられたんだがに」

「それは…コロンは、いいけどさ…」

Dscf4897 コロンは海沿いの町で出会ったお地蔵様の彫られた石の魂。コロンの名前は私が付けた。
それから一緒に旅をしている。

「人間観察」マニアのコロンと私は正反対。
そのコロンは、人から姿を見られることはないけど、私はチラチラ見られることがあるから嫌なんだ。

体があると普通の人。無くなれば怖い幽霊。
人にとって『死』は恐れに他ならないから、その向こう側のものであるべき私は、まだ生きている人から見ると『恐ろしいもの』でしかないのだろう。
それでも私は、ずっとこちら側にいる。まだこっち側にいなければならないんだ。
だから、なるべく『こちら側のルール』に従わなければならないのだと思う。
私は幽霊なんだから…

「ナギサン、人目辛いなんだば人にさ化ければ良しなに?」

「うーん…じゃ明日ね。明日なら少し良いよ…。久しぶりだし少しくらいなら」

こんな私にも数時間だけ生きている人と同じ姿になることができる力がある。
でも、たった数時間ほどしかその体のままでいられない。

春の大地から立ち上る陽炎

夏の朝、深く吐き出された木々の深呼吸

秋の実りから立ち上る豊かな収穫の芳香

そして冬の陽射しの中できらめく氷の粒

そんな、この地上に溢れる「体を作る元」を寄せ集めて作り上げた借り物の体にすぎないから…。

Dscf4788

「わかりったましてや。しかし此処なは大きな根城に見えしです」

「うん。たしかに大きいとこだよ。学校じゃなさそうだし病院かホテルの感じだよね…」

「ナギサン。さっき小さいとこや言ったやねすか?」

「だからあっそれは、そらから見たときの事だって」

「そうでしか?こんだら大きいと下にゃ誰か居るのやもしれねすな」

「うん…そだね。いちお調べておいたほうがいいかも…」

木立が傍まで迫って支えられているみたいな建物。
空から見おろしたときは、滑走路みたいだったけれど、意外と高い建物だったんだ。
いつもは空家とか、橋の下やマンホールなので、こんな大きなところも久しぶりで、まだ少し落ち着けない。
屋上のあちこちは、棘みたいな太い針金がたくさん張り出していて、樹の海に浮かぶ武装した船のようだ。
その異様な感じが落ち着けない原因のひとつなのだと思う。

Colon_jump

「ナギサーン!下は、何しろメイロみたなようでな。あてらは先ん行っておりましすから!」

「えっあっちょっと待ってよコロン

人がいるかもしれないという私にとっての不安は、コロンにとって期待らしく、ホイホイ下へ降りていった。
風に乗るときは私の左腕に腕時計の姿でしがみ付いてるだけなのに…
私も用心しつつ後を追う…。

Dscf4923

あちこちからサボテンみたいに棘を生やした薄っぺらな階段を降りる。
コロンはどこまで行ったのかな…
ふたりでの旅も長いから1人になると不安になってくる。
幽霊になってから、ずーっと孤独だったときは何とも思わなくなってたけど、やはり孤独は辛い。
人に見られるのが辛いと言いながら、人の香りが残る場所の近くをさまよう私は、やっぱり寂しいんだろう。
どうせだったら、人と幽霊が共存できる世の中にならないかなぁ…と思うこともあるけど、そんなことを考えてしまう自分に少し笑った…。

Dscf4927 「ナギサン!遅いますや。でかいナリしてるに、なにやら細げぇとこだねや」

ところどころに光の溜まり場を作りながら奥まで真っ直ぐ続く廊下が見えた。

「わーっ、やっぱりホテルみたいだねもしかしたら病院かもしれないけど…

「なにげで細く分けとりますねや?」

「このひとつひとつが部屋なんだよ。たぶん」

でも、それにしては。まだ何か不思議に殺風景な気がしてた。

「ここなの赤い書いたらありますのは何やでナギサン?」

「これは…字と違うよ。なにかの記号だよ。意味は分からないけど…」

Dscf4856

「人はここだで何しますのかいな?」

「何って…旅行だよ。旅の途中で休んだり寝たりする場所」

「人さは寝ないとそんなにダメんなになりにか?」

「そう…休ませてあげないと弱ってしまうよ。私も夜は毎日眠くなってたよ」

「そらメンドなものでしな。ホンに人は不思議にゃモンでだなよ」

Dscf4930

廊下の左右にある部屋を順に覗きながら、ふと思い出したことがある。

まだ、自分の体があった頃。
こんな風に大きくて、部屋のたくさんあるホテルか温泉に泊まった時のこと─
自動販売機までジュースを買いに行ったら帰りに部屋がわからなくなったことがあった。
全部同じドアで、開けてみたら掃除道具入れだったりして…???!

そうだ…ドアだよ!

「コロン?ここの部屋にはドアのあるところがひとつもないみたいだよ

「そうなすか?あては、ども思いやしまへんねやが」

ドアに気が付くと、他のいろんなことにも気が付いてきた。
壁がみんな剥きだしの冷たいコンクリートのままで、壁紙がはがされた様子もない。
部屋の中もガラスの欠片が散らばっていないから、ずっと前から窓は入っていなかったような感じがする。

Nagisa_on_room

「ねぇ…?古くなってるようだけど、ここ作りかけなんじゃないかなぁ…」

「そすかな。あそこんらには誰か住んどた跡んもあるましたにが?」

Dscf4817 「えっホント

コロンの言ってた部屋には、確かに鍋とか料理に使ったものが転がってる。
埃を被っているので、しばらく前の名残ではあるようだ。

(でも、用心しないと…誰かがいるのかもしれない)

映画の主役になったような気がしてきた。
姿の見えない敵を探して部屋をひとつ、またひとつと確認していく…
こんな大きな建物に来たのは、やっぱり面倒だったかもしれない。
そう思いつつ私もこのゲームにはまり込んでいた…。

Dscf4918 「あれゃ?ナギサン?どこ行きはりましたいなぁっ?」

「シッ!こっちだよ… あっわわわぁあーっ

「なしたか?ナギサン?ナギサン!」

「こっちだよ~っ」

「どっちこでか?あれぁ?ナギサンそんなだとこで何してるだか?」

「落ちたーっ…」

あ~っもうゲームオーバーか…。死ぬかと思った…。(幽霊だけど)

こっちを見下ろしているコロンの顔がすごく小さく見えた。3階分くらい落ちたんだな…
どうやら入ったのがエレベーターの部屋にだったらしい。
やはり作りかけの建物だったようでエレベーターの箱もなかった。

「あても、そこいらに落ちたほがいいですかーっ?」

「いやっいいよぉっ私がそっちに戻るから」

「そこいらはどのようになるてますか?」

「そっちと同じだと思うよ…上よりは広いみたいだけど。階段…どこだろ…」

Nagisa_stand

ここは一番下の階で広く見えるのはロビーだかららしく、さっきの階よりも天井が高い。
湿った泥の流れ込んだ床は動物の足跡に混じって人の靴跡もいくつかあった。
ドキッとしたけれど、そのいずれも新しいものではないようで、人がしばらく来ていないらしいのは、わかる…。

「ナギサンも奇特しはりにますなぁ…」

Colonback3

「あや?ヌシはどちらのモノでっか?」

                                (つづく)

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2010年8月25日 (水)

ロビンソン ②

「えっカズが、なんであんな空家にいたんだよ

Night2

「それは…聞いたけど言わないのよ…ずっと黙っているだけで…。警察まで引き取りに行ってくださった先生の話だと、その家で叫び声がしたって通報で警察が要ったらカズが中でボーっと座っていたそうだけど…」

「お前は迎えに行かなかったのか?」

「そんな!仕事中じゃ携帯持てなかったし…警察の話だと、放心状態で何も話せる状態じゃなかったそうで…。でも怪我をしている風じゃないし、こっちの言うことに頷いたりできたから今夜は様子を見ましょうってことなんだけど」

「まさか、イジメとか…」

「先生は、そんな様子はなかったっていうし…」

「そんなのわかるもんか!わかった、俺がカズに聞いてくる」

「いや!よして!今はそっとしておいてあげたほうがいいと思う…」

A0006_001075

「しかし普通じゃないぞ?あんな半分潰れて取り壊し寸前の廃屋にいたなんて!誰かに連れ込まれたとか、何かあったんだろ?」

「そうだけど…こういうことは、あせっちゃいけないと思うのよ…」

「しかしなあ…」

下から聞こえてた親父の大声が収まった。どうなることかと思った…
でも、聞かれたとしても、どう言えただろう…
あの時はギリギリだった。必死だった!じゃないと、自分が壊されるみたいな気がしていた…
あれは今朝、いつも通るあの家の前に差し掛かったときのこと…
いつも気にはなっていたけど、まさかあんなことになるなんて…。

Morning
 
「ん…?どしたカズ!遅刻すっぞーっ!」

「うん?ああ…。あのさ、このボロい家ってなんなんだ?」

House いつもの朝、いつもの通り道。いつもなんだから気にならなくなってもいいはずなのに見上げてしまう家がある。
住宅地の途中にあって、回りはキレイな家ばかりなのに庭木がうっそうとして気味の悪いところだ。人が住まなくなって何年も立っている感じ。
葉の茂る季節になると家は1階の辺りは覆い隠されて、2階しか見えなくなる。
ウチの入っている町内会とは違うからどういう家なのかは知らない…

Kazu1_3「あれ?カズ知らないのか?」

「知らんさ。こいつ転校生だし」

「ここ幽霊屋敷だぜ。殺人があったんだってさ。小3までビビッてこの道、通れるやついなかったくらいだ」

「でるのか?」

Shin_2「うーん…見たってやつもいたけど、どうなんだかなぁ…マスクの女がいたとか、テケテケが入ってったとか、ウソくさい話ばっかだったけどなぁ」

「でも、あん時はビビッたよなぁ…集団下校したこともあった」

「で、ホントのとこ、どうなんだよ」

「デマだろ!殺人なんかなかったらしいし」

「そうそう都市伝説!ウチで聞いたけど、そんな話知らんって言ってたぜ」

「売家の看板あったけど、それもいつの間にかなくなってた」

「ふーん…」

「おい!マジヤバイ!あと5分!」

「今度親にチクられたらDS没収だ!走ろ!」

「おっ!」

─2階の窓に誰かいた…女の人がこっちを見てた。たぶん─

Scool

…………………………………………………………

帰り道。あの家のところ─
朝のことがズッと気になっていた。
家の前をチラ見しながらて通たけど何かいる様子はない…。たぶんあれは気のせいなんだろう…

Flower 「きゃっ

「うわっ

家の方ばかり気になっていたので誰かとぶつかった。

「すいません!ごめんなさい!大丈夫ですか?」

「いいえ…大丈夫。私こそボンヤリしててごめんなさい…。あら?あなたは今朝の…」

「えっ

そうだ!この人は今朝、家の中から俺を見ていた人だ…!
朝っぱらからあんな廃屋の中で何してたんだろ?怪しいよな…でも普通の人だし、異常者って感じでもない。

「あ…あの…この家にいましたよね…?」

「うん。驚かせた?ここは私がいた家だから…。ずいぶん前だからこんなになっちゃったけど、なんだか懐かしくってね…。」

なんだ、そうか。そうだよなぁ。昼間ッから幽霊じゃあるまいし…

Reaf 「…ですよね。てっきり…」

「…幽霊かと思った?」

「いや…そんな、別に…」

「古くってボロボロだけど、想い出がたくさんあるのよ。あなたはどう?」

「いえ、ウチは社宅だし、引越し多かったから家のことなんか…」

「家の種類の問題じゃないわ。帰れるところがあるのは良いことよ。でも、それだけじゃうかばれないわね」

なんだか空気みたいな感じの人だ。目の前にいるのになんだかここにいないみたいに思える。これが大人の女ってやつかな…

「せっかくだから中を見てみない?けっこう楽しいのよ」

「え…でも、この家は…」

「幽霊屋敷じゃないかって?それでずいぶん苦労もしたわ。窓ガラスは割られるし、ゴミは投げ込まれるし…何も悪いことなんかしてないのにね。家を放っておいたこっちも悪いけど」

なんだか、かわいそうな気がして、だから断りにくくなった。
それで、ちょっとだけ家を見せてもらうことに…。

Tv

「懐かしいわ…私の小さい頃。こんなに痛々しく変わり果てたのに…かえって懐かしさが鮮やかに思い出せるの」

ボロボロな家をいとおしむように壁や埃だらけのテレビを撫でている。
でも、こっちにしてみれば薄気味悪くてたまったもんじゃない。
家の中を見てたら薄気味悪くて少し肌寒い感じがしてくる…いや、明らかに寒い。

Dscf7870 「ところで近所の人?」

「いえ違います…ここは学校へ行く通り道で…」

「そう…私のことは知ってる?」

「いや…知らないです。この町に来て3年くらいでズーッと点々としてたから…」

「そっかぁ…引越し多かったんだもんね。私はこの家を出たのは1回きり…。それが最後だったけど…」

「え…?」

「帰りたくて、やっとの思いで戻ってきたのに父も母も祖母もいなくなってた…」

「…」

Dscf7863

「私ね…大学に行って山岳部に入ったの。わかる?山岳部って」

「ああ…登山とかの…」

「そう…そこで色々な山に登ったんだよね。見たことある?いつも頭上にある雲がズーッと下に見えるところって…」

「いや、ないです」

「そこで…足を滑らせて、落ちて…」

「大怪我したんですか?」

「わかんない…動けなかったからたぶんね。でもすぐに助けが来ると思った。だけど…」

もう夕方を過ぎたせいか寒くなってきた。それにしても今日はいつもより冷えてくる。

「だけど…誰も来てくれなかった!いくら待っても何年待っても

「?」

なんだ?なに言ってるんだ?この人…

Wm39「だから…自分で降りたのよ。人を見つけて呼んだけど誰も返事をしてくれない。誰も私に気が付いてくれないの。それに、やっと家へ戻るとこの有様…。信じられる?あれから12年も経っていたなんて…」

あれ…ヤバイな…まじヤバイ!

「お願い助けて私のことをわかってくれるのは、あなただけなのこの家ももうすぐ壊されるそしたら私はどこへ行ったらいいの

「いや…ち…ちょっと待ってください!誰か呼んできます!」

「ダメあなたを行かせたら、また1人になる!そんなのイヤだ…」

「あっ…うわぁーっ

Winky

「えっ?…なに?」

「うんにゃ!あては、なんも言っておらんのだらに…」

「なんか変な声したよ…」

「そりはな、きっと幽霊じゃないすかね?」

「えーっ!怖いこと言わないでよ!…って私たちが幽霊じゃない!ハハハ…」

「それ、どの辺がおもしろかね。ナギサン?」

「いやぁ~っ!気難しいよおっ。コロン!」

「メンボクないすな」

たしかに確かに呼ばれた気がしたけど…たぶん…
モヤモヤした気持ちでいるから空耳なんかするのかな…

…………………………………………………………

あの後のことは覚えていない。
気が付いたら警察官が僕の顔を覗き込んで何か言っている。
返事をしようと思ったけど自分が自分じゃないみたいだった。
それから、どこかに連れて行かれて先生が来たことは覚えている。
先生に家に連れて行かれて母さんに会った時は自分が戻ったようだったけど何を話せばいいのかわからなかった。

「ホントにカズには困ったもんだなぁ…。そういや北海道からこっちに渡るときにも妙なことがあったんだぞ」

「なに?」

「あの、●●にいた時のことさ。2軒続きの借家にいただろ?隣はいつも留守がちだったけど、そこの子と遊んだってカズが良く言ってただろ?」

「ああ…そんなことも言ってたわね。そこが?」

「あの隣な…実は…」

急に親父の声が小さくなって肝心なところが聞こえなくなった。
北海道か…懐かしいなぁ…。●●での海が見える町が一番楽しかった。
ナギサって隣の子と押入れの穴越しに遊んだのが楽しかった…。
たしか…病気であまり外へいけないとかだった。
押入れ越しに話合うのって、なんだか秘密の付き合いみたいでドキドキしてた。
どうしてるのかなぁ…ナギサ…

Dsc00267

「あれぇっ?…まただ…」

「どしたんだらか?」

「いや…なんでもない」

「またソラミミでか?」

「うーん…とにかく今夜泊まるとこ探さないと…もう真っ暗だし」

「あては、この辺でも良かでれすがな」

「この辺はまずいよ!街中だし…」

それにしてもなんだろ…

……………………………………………………………

Wm0016 「ねぇ…私のこと見えてるんでしょお?だったら無視しないでよォ…」

「なんだよ!騙しやがって!俺は子どもだぜ。あんたに何してあげられるって言うんだよ!もっと何とかできる奴のところへ行けばいいだろ?」

「そんなこと言ったって…私…どこもいくところがないのに…。ジャマしないからいいでしょ?…それに人には親切にするものよ。特に女性には─」

幽霊のくせに、なに言ってんだよ!まったく…

…………………………………………………………

Dsc00278

「え…?死んだの?その子…!」

「シーッ!カズに聞こえるって…。ウチがあそこへ入る数年前に防波堤で遊んでた女の子が海に落ちたんだそうだ。で…それが原因らしく、夫婦仲が悪化して蒸発したらしい…」

「え?」

「娘の事故死で奥さんのこと責めたんだとさ。先に旦那の方が家を出て奥さんひとりだったそうだ…。うちらが越した後、様子がおかしいのと嵐で屋根葺き板が一部飛んだとかで保証人に連絡して立ち会ってもらったそうだ。そしたら…」

「そうしたら?」

「押入れにその子の小さな仏壇が置きっぱなしで、回りに飴がたくさん散らばってたんだそうだよ。写真と位牌は無かったそうだけど」

「じゃあ、カズが遊んでた隣の女の子って…まさかそんなこと!」

「ホントだって!あそこの大家の●●さんに聞いたんだ」

Dsc00274

心待ちにしている声に気づくことなく 季節のうつろいをさまよい続けるナギサ

そして 人に見えないものが見えて 接することができる己に気づき始めたカズヒロ

ふたりが出会うのは もう少しずっと後のことです。

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2010年7月21日 (水)

ロビンソン ①

Reafsky_2

どこまでも高い青空の中、風の背に乗って飛んでいる。
私はナギサ。半人前の幽霊─
とは言っても何年も幽霊してるのになぁ…

季節は秋。一面緑色だった景色は、どこまで行っても赤や黄色に染め替えられていた。
風に乗って赤い木立の道を通り抜けるとハラハラと枯葉が舞い上がっていく
もうすぐ冬なんだね。これからどんどん寒くなっていくんだ…

Roop

昔─冬に学校へ通う道の途中に立っていたシラカバの木が骨みたいに見えて、なんだか怖かった。
毎日、目をつぶってそこを走り抜けていたけれど、季節の魔法は何もなかった枝に少しづつ葉を着せる…。
シラカバは白骨じゃなくて、ちゃんと生きているんだから当たり前なんだろうけど、それがすごく不思議だったよ。

「ナギサーン!赤ぃやら黄ぃやらのも見飽きたなんでしなぁ…」

Handskoron_2 

左腕に巻きついたコロン(腕時計の姿をしている)がそう言った。
海の近くで会ったコロンは、近くの山に置かれたお地蔵さんの姿をした石の魂で、今は私と旅をしている。

「そうだよぉ!秋なんだから。冬を迎える準備の前に色を変えるんだよ」

「でもしな、変わらんのもあるじゃしに」

相変わらずコロンの話し方は、おじいさんみたい。
私も教えてはいるけど、元いた山に来ていた人たちの話から覚えた言葉が染み付いているみたいで直らない。
コロンはあまり気にしないし、私もコロンがなにを言おうとしているか大体理解できるようになってるい。

「えっ?…まあ、そういう木もあるけどさ。大きい葉っぱは、ほとんどそうだよ」

「そや!ずっといてた山で、あての上にもボタンボタン落としよりしたならぁ。何しよる思いでんが」

「嫌だった?」

「うんにゃ!ボッけし乗っかる雪よりゃ可愛もんだでし」

「そうか…もうすぐ雪も降ってくるんだね…」

Koufuku

冬は忘れることなくやってきた。
空から来たものたちは見渡す限りの大地にまんべんなく振り積もっていった。
凍てつく空気も緊張しているみたいで、寒そうな日が続く。
もちろん今の私にはその寒さはわからない。

冬は光は、一際まぶしい。
夏よりも真っ青な空は、まるで絵のようで風のほとんど吹かない日もある。
そんな時は、夜に泊めてもらった家にズーッと足止め。
こういうときに人が来て見られたら、ここが幽霊屋敷と誤解されるかもしれない。
だから、ツララから落ちる雫の音にもオドオドしてしまう…

Mayohiga1

Mayohiga2 「ねぇコロン? コロンも寂しくなることってある?」

「ん~っ?そげなん考えるばことは、無しですなぁ」

「仲間…っていうか他の石とは話したことないの?」

「わてらば石ころですからな。そゆな言葉、したことぁないです」

「他の石ころも何か思ったりするかな?」

「思うなことあるだらけんど、知りえませんで。割れて分かれたんでだから話すことも無しでる。」

Ohazikibotun 「人もそうだよ。たぶん何か大きなものからどんどん別れていって小さな自分になるんだと思う。でも、誰かと一緒にいたくなるんだよ」

「それは、何でらすか?」

「うーん…何でって…そういう気持ちになるんだよね」

「それにしたってらナギサン、人嫌いでれしょうに」

う…痛いとこ突かれた…。

Mayohigaroom

「それは… それは私が、もう人じゃないから…だよ」

「…あても今ば石ころでねぃですナギサンと一緒でぁす

「…コロン、ありがと。やさしいんだね」

「いやあ…ナギサンとがトモダチでやすしな」

コロンは照れるみたいに、そう言った…

Sairo

やがて春の風が吹き始めた。空の高いところでは、季節の戦いが広まって運動不足な冬はヒューヒュー言いながら汗をかいている。
だから、かえって春の思う壺だった。
季節の変わり目は、いつも新しい方に部があるんだよね。
真っ白な世界に満足していた冬は、自分が思う以上に力を失っていたことに気づき、勇ましい春の猛攻に領地を追われて、どんどん遠くの山へと逃げだしていく。

春の訪れ。新しい命の季節…
その眺めを目の当たりにしながら心のどこかに穴が開いてどんどん空気が漏れていくような気持ちがするのは、その芽吹きに私が無関係だからなのかもしれない。

Skyhigh

この命萌える世界にいる私はなに?
どこへ行こうとしているのだろう。

「ナギサン!なに考げぇとりますんかな?」

「うん?いや…別に…」

石ころのコロンは、機械みたいに表情のない声で話しかけてくるけど、私のことを気にしているみたいなところがあった。
人を観察するのが好きだけど、私のこともちゃんと見てるんだろう。
人から逃げ続けている私とは大違いだよね。

Fukinotou 「ねぇコロン?生まれ変われたら人間になりたい?」

「うーむ…どうでかんなぁ…。たぶんにそれは、したくならん思いますに…」

「えっ?どして…?人が好きなんでしょ?」

「人らは、己らの見える場所が小さなやうに思みいます」

「…?」

「自分ん中から外を覗いてる風なんだらな。いつもん何か被ってるさのようです。どこか“ぎこちない”しておるようだすな。あてが思うに人ぁ自分になられい生き物でおるししょうな」

「うん。自分の思うこと、したいことだけじゃ社会っていうのは上手くいかないからね。人としての顔っていうのがあるんだと思うよ」

「そういうところさが面白なんやねす。だば!人にならんで、あてはコロコロしながら人を見ちょるんが好きでぃす」

「ふーん…」

白い大地が黒っぽくなり、また大地が緑色になり始めた頃、山の上に追いやられて意固地になった冬のところへ行った。
そこにコロンと同じようなお地蔵様がポツンと立っているところへ来た。
そっと触れてみると中に何かがいるのはわかるけど、応えてはこない。
それが神様とか仏様なんだと思っていたけれど、コロンと出会ってからそうではないと知ったんだけどね…。

Wish

「ねぇコロン?このお地蔵様とは話せる?」

「うんにゃ!石ころ同士は、よう話ませんねや。人のやうに話たり、くっ付いたりはしねいです。同じ塊んから一度離れでば、ひとつに戻ることもなしでれす…」

コロンが人の好きなところは、人が心を交し合えるということなんだと私は思った。
心を交わす人(コロンは別にして)などいない私もやっぱり“石ころ”と同じなのかもしれない。

…いや、そうじゃない。そうじゃないんだよ!忘れるところだった…。
“カズくん”のことを忘れるところだった。
ひきこもりの幽霊な私を陽の下へもう一度出て行くきっかけを作ってくれたカズくんのこと。

        「いつか、会いに来るよ─」

Touge

風に乗って旅することを覚えた私には、カズくんに会いにいくのは、とても簡単なのかもしれない。海で遠くを見ていつも思うのは、向こう側にいるカズくんのことだ。
自転車乗りが上手だったね…あの日が懐かしい。
私がこうして何も食べない、眠ることも無い幽霊として「この世」にい続けていられるのは、きっとその想いがあるからなんだと思う。
だから私は待ち続けている。

Dscf5889

いつ会いにきてくれるだろう。ホントに会いにくれるのだろうか?
それよりも私は、前と同じように会うことができるんだろうか?

その想いが叶ったとき、私はどうなるのだろう。
その日を素直に受け入れることができるのか…

こころのどこかで その日が来なければいいと…

本音の私は、そんなことを思っているかもしれない 

(つづく)

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2010年5月12日 (水)

Anniversary of Angel ⑤

Nightwood

─ 僕の事 思うとき目を閉じて汽車を走らせて
                 聞こえない汽笛を聞くから ─

─ 何度、読み返したかも覚えていないほど前の手紙をまた読み返している。
札幌で就職した翔平からの手紙…
消印の日付からもう5年。翔平が糠平を出てからは、7年は経っている。
聞こえない汽笛かぁ…ずいぶんらしくないこと書くなぁって思ってた。
ベッドの中で汽車のことを考えてみたことがあったけど、ホントに届いたかどうかなんてわからない…

Fb196_2 「それにしても…」

帰りにナギサともう一度会っておこうと思い●●荘へ訪ねたけど彼女は宿泊していないという。勘違いかと他所も、それとなく聞いてみたけど…
しばらく温泉街を歩いたり、湖畔のキャンプ場を見に行ったりしたけどあの子の行方は分からなかった。
携帯に手を伸ばしかけて止めた。
そういえば携帯も持っていないって言ってたしなぁ…

もしや…?という気持ちが頭をよぎる。でも…まさかねぇ。まさか…
あ…もうこんな時間か…そろそろ寝ないと。

◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

Nightspa

「ナギサン?どなんしてレールー出させますのか?あんの娘っこに」

「どうって…そこまでは考えてなかったんだけど…義江さんの“心の線路”を引き出せたら想いを届けてあげられるって思ってさ…」

「そなこと、できれまするかナギサン?」

う…ちょっと単純に考えてたかな…。思わず萩岡さんに頼んじゃったしなぁ…

「うーん…それは、なんとも言えないんだけど…」

「しかしだな、あんの娘ごさん相手んとこは、どなんじゃろ?人は忘れんが得意じゃいし、せっかくな届け物さ“いらん”言うしまりやるかもなん」

うん…相手の人が義江さんのことをすっかり忘れているってことも有り得るんだ。
でも、向こうだって義江さんに会いそびれているってのもあるんじゃないかなぁ…

「おせっかいかな?私…」

「あてらには、よう分かりしまへんねや。人のん心わあ、砂よし細いやすからなあ…」

やっぱりやめようか…勝手に人の心に入っていくみたいなのは、いくら幽霊でもやりすぎかもしれない。いくら事情を知っていたにしても…

「どうしようか…コロン…」

Nightspastreet

「うむ…やったりさいな!ナギサン!」

「えっ?」

「ナギサンなは、迷いる時にいつなも、あてに聞きんす。自分らで決めていてもだす。だら、やりんなさね!決めなださろ?ナギサンは!」

「他人がホンの少し力を貸すってこともアリだと思うよ。深入りもなんだけど。どっちに転んでもその人のためになるんじゃないかな」

そうなんだ。私はいつも自分で決めていた。でも、やっぱり迷うんだ。
義江さんが自分の想いを遂げられないでいるみたいに私も…でもそれじゃぁ…

「私、行ってきますそうしたいと思うんです

「んだ!ナギサン!ここさ寄ったツイデだなし」

「僕らも知り合った縁だしね」

ありがとう …で、こんなところで待つんですか?…」

「へっ?」

Spatrain

◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

Nightwark─ 山の空気が澄み渡っている
この真っ暗な空は宇宙まで素通しになってしまったみたいに星や月が輝いている
それでも先の見えない暗さは不安だから夜は飛ばない。
この暗闇の中に小さな灯りでも見えるとホッとしてくる。
昔、お化けや幽霊は暗闇が好きなんだと思っていたけど
いざ、自分がそうなるとそうじゃなかった。
夜は怖い 人の目も怖い だから人目を避けて人のいないところで夜を過ごす。
そういうところを誰かに見られてしまうと、そこはきっと「幽霊屋敷」と呼ばれてしまうだろう。だから注意しないと…一晩泊めてもらう恩があるのだから。

Nightst 先の見通せない夜は確かに怖い
でも、そんな夜だから昼間バラバラに動いていた人たちも家へ帰ってくるのだろう。
だから夜は、本当はとても優しいのだと思う。きっとそうだよ。

小さな隙間があれば私はどこにでも簡単に入ることができる。
いつかのクマにも「霞(かすみ)」と呼ばれたっけ。
朝の霧みたいに掴みどころがない体…
もう、自分の体と離れて何年になるだろうか。
どこへ行ってしまったのだろうか、もうひとつの私。

昨日見たベッドで義江さんが眠っている。
ずーっとひとりぼっちが長いから寂しいんだろうね。私もそうだからわかるよ。
それでも私にはコロンという旅の友達がいるから救われている。

Uttn 義江さん?
本当は彼の元へ行きたいのでしょう?
それができ
ないのは、きっと彼の心が見えなくなっているからなんだね。
義江さんは優しいから、それができないんでしょうね…。
でも自分の気持ちから逃げていちゃいけないよ。
Magisameta_2生きていく意味を求めてこそ人は生きているんだと私は思う。
そして想いには行き先があるのだから旅をさせてあげたい。
たとえその先が行き止まりだったとしても、それを知らないままに生きていくのは辛いことだよ。

私のできることは、小さいけれど力になるよ。
だからお願い。義江さんの想いの先を教えて!

そっと額に手を当てた。
とても暖かい。命の温度─ 心の温度─。私の温かくなってきた。

あーっ…とても暖…かい─

◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

静かな山の街から 一筋の光が南の空へ向かっていった─

Skyrail

「あっ出た出た!」

「ナギサンやりまったな!」

ヴォーッ!

「落ち着けって!すぐ出発するから!じゃあコロンさん。計画通り路線確認しますんでナギサさんによろしく言っといてください」

「あなん線路は、どんくらい出とらば良しなかな?」

「一度、路線が開けば、しばらく軌跡が残るんですよ。その間に路線を走ってくればコイツも記憶するので開通ですよ。行き先が決まってれば札幌程度なら5分もあればOKです」

「ナギサン願いだぁで、よろしに頼みましわ」

「はい!じゃあ行きます!そうだ…あなた、話し方変だけど良い人ですね」

「んにゃあ、あては石ころだですからに…」

満点の星空の下、山の間を鳥のようにぬいながらやがて、機関車は、空へ登って行く─
普通のSLならば、とても登れないような急勾配をさも当たり前のように…

Railroad

「あーっナギサン!うまくいきただな?今、萩さん共も行きはたよ」

「ホントー?良かった… 私、途中から良くわからなかったんだけど… あ…あれ…?」

「ナギサンどうなしたナギサン

コロンが何か大声だしてたけど、こたえられなかった─
なんだか、とても眠くて…眠くなって…

◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

駅にいた─
ルピナスが咲き乱れている。ここは…幌加の駅?

何かがこっちへ向かってくる…白く揺らめきながらやって来るそれは、蒸気機関車。私は、たぶんそれが来るのを待っていたのだと思う─
そよ風に揺れる花も そしてその間を飛び交う蜂さえも少しも驚かすことなく汽車はホームへ滑り込んで来る…。

Senro
シューッ…

「ほろかーっ ほろかーっ 10分間停車―っ」

停車した汽車の中から人が降りてきた。
顔はよくわからないけど…たぶんこの汽車の機関士なんだろう…


「鱒見義江様ですね?」

「は…はい…」

「ご依頼がありまして、お客様の荷物を受け取りにタウシュベツから参りました」

「タウシュ…えぇーっ??? わ、私…頼んでないですけど…?」

「お友だちのナギサ様から申し受けております」

「えっ!ナギサ?どこにいるんですか?あの子!」

「彼女は、次の旅に出ました。それで当方で伝言を預かってきております」

「はい?」

「『きっと“幻の橋”を見に行ってください』とのことです。それと当方がお伺いしていましたところでは、お客様には、届けたい『想い』がございますとのことと承知しております。ご記憶にございませんか?」

「想い…? え…あっ… あります!あります!

咄嗟にそう返したものの、あまりに急なことで戸惑った…

「お間違いないようですね。そのお届け物はどのような?」

「あ…そうか!どうしようかな… そうだ!汽笛です!汽笛をお願いします

「汽笛?ですか…?」

「そう!彼に汽笛を聞かせてください!」

「かしこまりました。ではお客さまが、先様のことを想う都度、汽笛をお届けしましょう」

「お願いします!」

「あ…あぁ? 夢かぁ…」

自分の大声で目が覚めた。なんかすごい夢だったな…
そうか…ナギサはもう旅立ったんだね…

◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

Kuroishidaira

「うまくいくといいなぁ…」

「何をさ言うかな!こっちさ、ぶったまげいただに!ナギサン倒れてりから…」

「へへへーっゴメンでも、もう大丈夫だよ」

「どせならば、あの汽車ん乗ってたらば楽やかったになぁ…」

Kuroishi 「そう?でも私は風に乗って空のほうが好きだよ!コロンは乗っていたかった?」

「わだば地面近しほがいいだすがなや。でもん、ナギサンとこ一緒に行きますわ」

「ありがとっ!コロン!」

「…んで、そこな石ころさは、座ったらイカンにでなか?」

「えっ?うわっ!ゴメンなさい!知らなくて…」

「次は、どこさへ行きまするかナギサン?」

「うーん…風まかせだよ。風まかせ…行こっ!」

「あいな!」

─ そういえば、あの時…途中からわからなくなったとき
           ─義江さんの想いの先にいる人を見たような気がしたよ…

◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

Dscf7767

今年のスキーシーズンも忙しかったなぁ…あとGWさえ過ぎれば、まとまった休みが取れそうだ。

「義江ちゃん!義江ちゃん!」

「あーっ おばさーん、こんにちはーっ」

「ちょっと!あの子がさぁ、翔平が来月くらいに休暇とって帰ってくるとか電話よこしたのさぁ。それで教えとこうと思ってね。ハッキリした日は言わんのだけどさ…」

ホントですか?…もしかして誰か連れてくるとか…?

「そーんな器用な子じゃないよ。まったく…仕事が恋人だぁ!とか一人前言ってくさるけどね。電話だって半年振りだよ」

「でもぉ!良かったじゃないですか!ひとり息子さんなんですから」

「そうだけどね。私ぁ義江ちゃんに会いに来るんだと思ってたけど?」

「いいえーっ!しばらく連絡してなかったですし…」

「 “義江はどうしてるーっ?”とか、たまに言ってたよ」

へへっ!そうですか?戻ってきたら教えてくださいよ!」

「うん!そうするわね」

そっかぁー ホントに届いたんだなぁ…汽笛。
ありがとーっ!ナギサーっ!

あの子─ 私のところに来た天使だったのかもしれないね…

Nagisainsky

To be 「夏草の線路」 「ルイン・ドロップ」オリジナル版 

              「プチ・ドロップ」改訂版

youtube/“Anniversary of Angel” Ari project

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※画像の一部を「あんずいろ apricot x color」様よりお借りしました。

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2010年4月19日 (月)

Anniversary of Angel ④

Rake

「いったいどこにあるんだろう…?」

幻の橋はすぐ見つかると思っていたのに山の間を塗りつぶすように広がる湖をぐるっと見渡してもそれらしいものは見えなかった。
もう通り越してしまったのかもしれないなぁ…

「海のごとか有様でなが」

左腕のコロンが時を刻むのを忘れもしないでのんびり辺りを伺っている。

「うん…」

一方通行の風の中、自由自在に飛んで探すのは難しい。ちょっとあせりが出てきた。
…なに焦ってるんだろ? 私…“幻の橋”を見つけてなんとかできるのだろうか?

Rake2

「コロン?」

「あいな?」

「その橋って“願い事”を聞いてくれるものなのかなぁ…」

「“願いぃ”?ナギサン何、願いあるとやな?」

「…義江さんのことだけど…覚えてる?さっきの話…」

「あーっ!会いたかヒトいるよしかのことらか?ナギサンそいつらなとこさ行って『会ってやれや』さゆうたら良いのだば?」

「えーっまさかっそんなことできないよぉっ!」

さっき聞いた義江さんの話…できるものなら何とかしてあげたいとは思う。
でも、札幌の相手の男の人の居場所は知らないし、聞くわけにもいかない。行けたとしても幽霊の私が何言えばいいだろ…。怖がられたり、怪しまれたら意味ないじゃん。

「あても、たらふく目ェ前で手ぇ合わせれ申したが、叶えてやらなろうにも、こちも動かね石ころん身だすたからなぁ…」

「やっぱり?そうだよね…」

コロンも元々、石の仏様で随分お参りに来た人がいたそうだけど、願い事されても聞きようがなかったそうだ。「幻の橋」だって同じことかもしれないよね…願い事ってどこへいってしまうのだろう…

「ナギサン?あれだねだか?ハシは!」

「えっ!どれ?どこ!あっそうだ!橋だ!」

ぐねぐねとカーブする大自然の景色の中に灰色の横線が見えた。その途中に小さく挟まっている物がある。
湖の向こう側の山から強い風が吹き降ろしてくる。その風に乗り換えて一気に橋を目指した…
あれ?またあの香りがする。石油のような香り。この近くに家があるのかもしれない。
少し用心して行こう…。切り株が点々とある岸に下りて斜面を登っていくと橋はすぐに見えてきた。

Nagisataush_2

「これ…が“幻の橋”?」

ボロボロになって今にも崩れ落ちそうな姿の橋。“幻”というくらいだから姿を現したときは、さぞや神々しいと思っていた。近くにあって、いくつか見た橋たちも古いとはいえ、こんなに痛々しくはなかったのに…湖に沈んでいたと言うけど、それでこんな姿になってしまうものなんだろうか?

「ナギサン!ダメやわこいつ、すでに抜け殻でやす」

「なに!なんで?どういうこと?」

「あてと同じに魂は抜けん出てどこかへ行きよらしるよなぁ…」

Bligeon

抜け殻…? それじゃ『願い事』なんて無理じゃない…
確かめようと橋にそっと触れる…ホントだ!何も感じない。橋自身は、もうここにはいないんだ。
とっくに“自分の旅”へ出てしまったんだろうか。
心のどこかで期待していた分、ガッカリした。いったい、どこへ行ってしまったんだろう…

「へーっヒトは、こんな橋さら何で見に来んだかね。こな数多に残しをしてて」

「何を残してるの?」

「ヒトさ思いが石ころんごとしに散らばってまわ。ここん石よか多いやも知れねし」

「そう…」

そんなにたくさんの届き処のない『願い』で、橋は囲まれていたのか…。

「おっ!おっ!来ますわナギサン!」

「何がぁ…?」

「汽車でさ。除けましんと」

「そんなバカな!ここは…」

ボーッ

「はっ!」

Cometrain

ホントだ!来る!何かがこっちへ向かってきてる!
真っ白い煙を吐きながら白っぽいものが走ってくる!

「ヤバイよ!コロン逃げよっ!」

「へっ?何でらす?除ければなしも…」

私より先に気配を感じていたのか、風は逃げたようにいつの間にか治まり静まりかえっていた。その中をどんどん近づいてくる機関車!
すぐにこの場を離れるには風が無いと無理だ。

「いいから!とにかく、あの森の中へ!」

何だかマズイ気がした…たしかにあれは機関車のようだ。しかもあの汽車は幽霊機関車だと思う!レールもないところを走ってくるくらいだから…。
本で読んだことのある幽霊船にしてもそうだけど乗り物の幽霊はロクなことがない気がする。だから、関わらないほうが良いだろう。

「ナギサーン?なんでま隠れるすか?」

「相手の正体もわからないのに平気でいられないじゃない!特にこういう世界は!」

「こゆ世界?」

来た…来た!来た!

カタン… カタタン… カタタン… 

Taushtrain

後ろから、ありもしないレールを食む車輪の音が聞こえる。
森の中から様子を伺うと今にも崩れ落ちそうな橋の上を大きな機関車がゆっくりと、それでいて何の迷いもなく渡ってくる。

「ナギサン?あれ…橋を渡るば、こちの方へ来るやなますかいな?ここも奴どもの道やろ」

「え…!」

そうだ!橋は真っすぐこっちへ続いてる。…ここも線路があったところ?
隠れなきゃっ!

「ほらー、こち来ましるわ、ナギサン」

「わーっ!わーっ!隠れようって!わーっ!」

ボーッ!ボッ ボッ… シューッ… シューッ…  

ギィーッッッ…

うわァーッ見つかった!機関車が停まる…
でも、それ以上隠れようとすることができなくなった。猟師に見つかった野ウサギみたいにそこから動けなくなった。
「怖い」という気持ちで頭の中がみるみる染めかえられていく…

シューッ…

大きなため息をついて汽車が止まった。
テレビで見た汽車は真っ黒だったけど、目の前にいるのは透き通るように白い。

「こらあ、おおげさん奴ですなぁ」

「シッ!静かに!」

相手の出方次第では…。いつでも「糸」を飛ばすつもりではいるが、このクジラのような車体を何とかできるだろうかは、とても心配だ。
とりあえず相手の動きは見逃さないようにしないと…

Forestrain

「停車―ッ 停車―ッ タウシュベツ臨時駅-ッ」

ボッ…ボーッ

わーかってるって!ホンッ…とに時間とかうるさいねぇ!ダイヤなんかもう関係ないのにさぁ…」

大声がして、人影が中から現れた。

「やぁこんにちはーっ!乗ってかない?」

軽く話しかけてきたその人は、機関士という感じじゃなかった。

「乗るます!乗せるやん!」

ょっとぉーっ!コロンっ、やめときなよ

「いですやん。風も無しこつですからに。ここおってんも、どこも行けんでらに?」

コロンには用心というものは解らないんだろうか?まいったなぁ…
普通、知らない人のくる…乗り物にハイハイと乗るものじゃないじゃないか!

「どこまで行くの?」

「いえーっ!すぐ近くの街なので…」

「あーっ糠平だね。いいよー! おいっ!少し寄り道しようよ」

「だば!乗るます乗るます!」

あ~っちょっとぉーっ!コロンったら…サッサと乗り込んじゃった。

「始めまして、ボク萩岡です。こいつは…ホントの名は小難しいなぁ…SLがいいね」

「ナギサです…始めまして…」

Dscf0208

「こんにちはーっ!おばちゃーん」

「あら!義江ちゃんかい。なに、休みでなかったの?」

「はい!ちょっとヘルプで…ところでお客さん戻ってます?“ナギサ”って子」

「えっ?うちにお泊りさんは来てないよ。週末まで予約ないし…」

「あれぇっ?違った? ●●さんの方だったかなぁ」

「●●さんとこ、改装で臨休してるしょ」

「あ…そうか…」

え…?じゃあナギサさんはいったいどこへ?

「誰?知ってる人?」

「いえぇっ!いいんです。カン違いでした。そういえば…翔平君どうしてます?」

「さぁーっどうしてるんだかねぇ。電話しても『仕事中だから!』ってナンボも話さんしねー。ま、あの様子じゃ元気なんしょ!おなか痛めて産んだ子だのに顔も忘れるべさ!」

「そうですか…すいません。また来ます…」

「ああ…お父さんによろしくね。来年もワカサギ釣りには来るんでしょ?」

「はい!伝えときますっ」

あれぇ…?たしかにここに泊まってるって聞いたはずだよね…なんで?
カン違いかなぁ…。じゃあ、どこにも泊まらないでいったいどこに?

Trainon

ガタタン… ガタタン… ガタタン… ガタタン…

「あのぉーっ…」

「はい?なあに?」

「このSLさんって、もしかして…」

「うん!霊だよね。僕らと一緒の」

「レえェ-?汽車にんも幽霊なるでか?」

「なるともさ。魂もあるわけだしね」

「こなん、バカ大きのは初めてでわなぁ」

ボーッ!

「ホーラ怒ってる。コイツけっこうプライド高いんですよ。それに、これでも標準スケールなんだし」

「どこへ行く途中なんですか?」

「いやぁ、目的地はないですよ。走り続けるだけさ。こいつの未練だったし」

「未練…?」

「走るために生まれたんだよ。ところが、コイツが走っていた路線が廃止で現役引退したらしい。時代はディーゼル化が進んでたから、そのまま記念公園入りで走れなくなったんだよ」

「よっぽど走りたかったんですね…。どこで知り合ったんですか?」

「ボク、昔から旅好きでさ。コイツのいた駅跡にも行ったことがあるんだよ。生前の旅を辿ってきてコイツと会って走りたがってるのを知った…それからさ」

ボッボーッ

「OK!わかったよ!ちょっとゴメン。レール敷いてやらないと」

「レールぅっ?」

Railshot

聞き返すまもなく萩岡さんは、ムチのようにふた筋の光の矢を飛ばした。
光の筋が森の先をなぞり、SLはその筋に吸い付くように道を変えていく…。

「ナギサンも、あゆの出しまらすな。岩を割ったりしるときのな」

「私のはぁ…もっと細いのだよ。岩の隙間に入りこめるくらいの…」

幽霊も人によっていろんなことするんだなぁって思った。

「よーしと…こいつ頭が固いから路線跡しか走らないのさ。線路の記憶をね。でも、軌道跡がすっかり壊されてて続きを見失ったり、先が終点だったりした時に線路の記憶の替わりに延長してやるんだよ。今走ってきたところは旧線だったから後で敷き直された新線との付け替え部分は曖昧なんだ。たまには線路も無かったようなところも走るよ。空に向かってとか…」

「へぇ~っ妙なんことするにゃねっ」

「そうですか…それであんな風に… ん…?

─夢 記憶 旅 SL レール 橋 願い… 頭の中で、今までのいろんなことが、クルクルとよじれて1本に絡まった。そしてある考えが─

「あの…すいませんお願いがあるんですが…」

【つづく】

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2010年2月 8日 (月)

Anniversary of Angel ③

Dscf0639

森の中の道は右へ左へ そして上に下にと激しく身をよじっていく。
時折、タイヤの跳ね上げた石が車の底にボコンボコンと当たるので、さすがに義江さんも運転に慎重になっているみたいだ。

「あのーっちょっと話してもいいですか?」

「えっ?ええ…かまわないよ」

「なんだか…すごい道ですね」

空の上からいつも見る大地は、高い山もウネウネと体を横たえる川も木立の連なりも、みんな平らに見えているから、こんな道を走る車に乗っていると地震の中にいるみたいで怖くなってくる…

「うん。本来、営林署の作業林道だからね。普通の道みたいに整備が行きとどいてるわけじゃないからね。でも、前はここもシーズンに開いていて誰でもタウシュベツの橋まで見に行けたんだよ。“幻の橋”の名前が広まってからたくさんの人が通ったけど、事故もあったものだから許可をとってゲートの鍵を借りないと通行できなくなったのよ。そのかわり橋の見える湖の対岸に展望台が作られてるの」

「やっぱり、普通の車じゃ難しい道なんですか?」

「いや…私は、ここへ来るのは、始めてだから…タウシュベツを見に行くのも始めて…」

「えっ?」

初めて?この辺りの橋のことに詳しいのに?
それを聞くとハンドルを握る義江さんの横顔は、なんだか不安そうに運転しているように見える。訳を聞きかけたけど、いけないような気がして言葉を飲み込んでしまった。

Caronbadroad

「4キロって聞いてたけど、こういう道だと長く感じるね」

「はい…」

先に待ちうけている幻の橋にロマンチックなことを感じていたのに、言いずらい何か不安な気持ちが湧き上がってきた。
こんな奥地に機関車が走っていた線路が本当にあったんだろうか…

「その橋が使われていた頃は“幻の橋”と呼ばれるなんて思われてなかったんでしょうね」

「…」

Dscf0624 あれ?聞こえてない?
心がずーっと奥に続く道に奪われているみたい…
と、いうよりも運転していることも忘れて心がどこか他所へ行ってしまったようでもある…

私もなんだか重い気持ちがしてきて黙って脇の森を見ていた。
小さな木や大きな木が入り乱れる中に時折、倒れたり根元から折れて朽ちかけた大木も見える。鮮やかな色の苔がむして、妖精が出てきそうな雰囲気がする。
幽霊の自分が妖精の話なんて…変だな…

ミラーに映る後ろの景色に砂利道から舞い上がった砂埃が、怪物が追いかけてくるみたいに見えた。

「あっ!ここだ!たぶん…」

義江さんの声にハッと我にかえる。
しばらく想いにふけっていたことが霧のように消えてしまった。

さっきまでの木々が覆いかぶさってきていた道は急に開けた場所に変わり、空がすぐそこまで降りていた。
もうすぐ“幻の橋”を見ることが出来るんだと思うとドキドキしてくる。

Dscf0629

「ここから歩くんですか?」

「ダメ…」

「はい?」

「ごめん!…私、やっぱり行けない…」

「えっ?どうしたんですか?ここまで来たのに…義江さんも始めてなんでしょ?」

Dscf0631「うん…そうなんだけど…私は行っちゃいけないんだと思う。まだ“幻の橋”には…。だから行ってきて。そこの木立の間の道を行くと、すぐ橋は見えるはずだから…」

横へ目をやると、ありがたくないことの書かれた看板が見えた…

「あんなのが目に入って『行ってこい!』って私も酷だよね…」

「何か…訳があるんですか…?」

「うん…」

─あれは、高校2年の冬、ぬかびら源泉峡発のバスは泉翠橋に差し掛かかる。学校へ通う道をもう何度走っただろう。
利用客もまばらな路線バスは、清水谷に差し掛かるあたりには、いつも私と温泉宿のひとり息子の翔平のふたりっきりなことも多かった。
温泉街からいくつかのトンネルを越えて、山が両側から道側へと狭まってくるあたりに泉翠橋があり、そこからすぐ脇に平行に並ぶ古いアーチ橋が見える。

Dscf6391

「旧国鉄士幌線アーチ橋梁群」の礎にもなった始めの橋「第三音更川橋梁」。ウチの車からだと見えないけれど通学に乗るこのバスからだとアーチのカーブまで見ることができる。
私が父さんと糠平に越してきたときは、旧道の古い橋だと思っていたけど、それにしては幅が狭いし、ネットで調べると「NPO法人ひがし大雪アーチ橋友の会」っていうところをに詳しく載っていて、この辺りを走ってた鉄路の遺構なんだと知った。

Dscf6403 「ねぇ?あの橋渡ったことある?」

「あぁっ?ねェーよ!俺が生まれるズッと前から廃線になってんだし…」

横で半分居眠りの翔平は、長い道のりのバス通学にホトホトうんざりしているらしい。
私は、この時間が好きだ。
乗る人もまばらで、私たち以外の乗客がいないこともしばしば。
そんな大きなバスの中でふたり並んで座っている。

「どうして、ここにアーチ橋は、とり残されたのかなぁ…」

「あれ、一番古いし、“登録有形文化財”だかになってるんだってさ。ちょっと下流に元小屋ダムがあるから解体やったら影響するんじゃないか?今じゃバイカーとかいっぱい来るから観光にひと役買ってるってことだろけど」

学校へ向かう道すがらのアーチ橋のほかに私たちの住む糠平の街のキャンプ場から近い場所にも“糠平川橋梁”がある。

その先の三国峠にも十勝三股まで伸びた鉄路の途中にいくつかの橋が残されている。
父さんと幌加の温泉へ向かう途中にも大きいのがあったなぁ…たしか“第5音更川橋梁”とか言った。その手前の林道を湖の方へ行くと有名な幻の橋“タウシュベツ川橋梁”…

Dscf6366

「ねぇー、翔平?タウシュベツの橋は、行ったことある?」

「あるさー。何回もー」

「で!どうなのさ

「どうって…カメラ持った奴とかカップルとか…いつ行っても大勢いるよ」

「えーっいいなぁーっ。私1回もない!」

「あったろさ!五の沢からワカサギ釣り行った時に」

「えーっあんな小っちゃく見えるのなんか行ったうちに入んないよ!」

「行ってどうすんのさ。ボロボロだよ。なんであんなのみんな見に行くのかな?」

「橋ってさぁ、こう何ていうか、別々のところが出会う場所じゃん」

「うん…?」

「そうなのさ!でさぁ!その橋が現れたり消えたりするんだから、これはもう奇跡の橋っしょ?」

Dscf3213 「ダムが冬に水、抜いてるだけだって!」

「ねーっ!暖かくなったら行こーっ!自転車で!」

「アホか?自転車って…遠すぎるってよ!林道通るのにさ。無理無理!俺でも無理っぽい!」

「頑張る

「義江の親父に乗せてってもらえばいいじゃんよ!」

「ふたりだけで行くから意味があるんじゃん

「あーっ…あんまり大声出さないでね。安全運行中ですから!」

バスの運転手さんが私の大声によほど溜まりかねて注意された。

「ハハハ…やばいヤバイ!」

「ヤバイじゃねーよ!俺は旅館の息子だって面、割れてんだぞ!」

「じゃ連れてってよ!お願い!でないとまた騒ぐ

「無茶いうなよ…わかった!免許とったら一緒に行こ。それでいいだろ?」

「いいよ!それまで私、ぜったいタウシュベツへ行かない!初体験は翔平とって決めるから」

「それ、どういう意味?」

「さーねー」

「いやーっムカつくなぁ…」

私にとってそれは、真剣な約束だった。
翔平はどの程度考えていたかはわからないけれど…

春、卒業を控えた3年生の私たちは、橋の話はしなくなっていた。
翔平は、前から聞いてた札幌の専門学校へ行くことになり、私は父のコネで地元の温泉ホテルで雇ってもらえることに…

離れ離れになってもしばらく手紙とか電話のやり取りはしてた。
けど…
行楽シーズンに忙しさが倍増するホテル業は目が回る。特にスタッフの少ない今のところは。私も連絡が億劫になり、そして、魔が開いていくと気が引けるようになっていった。

もう何年もたってしまった…翔平はどうしてるだろう…
たまに寄る翔平の家(旅館)で聞いた話では、札幌で就職したらしく、もうずーっと帰省もしていないようだった…。

「旅館経営も大変だからねぇ…この不景気の世の中、あの子に旅館を継がせるのもどうかと思うよ…」

近くにいながら橋は、どんどん遠い存在になっていった…
ホテル業務でお客様から橋のことを聞かれたり、北海道遺産にタウシュベツ川橋梁が認定されると、ロビーにポスターが貼られるようになったことも避けられない重荷になっていた。
でも、負けちゃいけないと休日には思い出を辿るように橋(タウシュベツを除いて)を見にいくようになる。今は、使うあても無い写真を撮り歩くようになった。
あえて橋に夢中になることで孤独感みたいなのをごまかせたんじゃないかと思う…

「そうだったんですか…」

「もう、ふんぎれると思ったんだけど…ダメだな私…」

「電話してみたらどうですか?」

「いや!いまさらできないよ!何年も経っちゃったし…」

「でも…まだ、あきらめちゃダメですよ!だから今まで“幻の橋”へ行かなかったんでしょ?」

「うん…」

「もう、帰りましょう!」

「エッ?」

「橋は、また現れるんでしょ?いなくなるわけじゃないし…きっといつか見に来れますよ」

「うん…そうだね!」

木立が後ろへと逃げていくのを眺めながら思い出していた。私のあの夏の日のこと…

Dscf6150

私がまだ、引きこもりの幽霊だったあのころ。
自分が死んじゃったことも知らないで外へ出て人に悲鳴を上げられたのが、あまりにもショックで、自分がどういうことになったのかわかってきた。
取り返しのつかない間違い 戻らない時間 ひとりぼっちの部屋でハッカ飴を舐めながら同じ本を何度も読んでいた毎日。
そんなある日、隣にカズ君が越してきて何かが変わった。そして押入れの穴越しの付き合いになった。
不思議なことにカズ君は私の声も聞こえたし、飴を差し出した私の手を幽霊とは思わなかったんだ。

Dscf7041

会いたい! 会って顔を見たい!
この腕を出せるくらいの穴から潜り込むのは幽霊の私に簡単だけど、そうじゃなく人間として会ってみたい。
そのチャンスは意外と早く来て、明るい月夜の夜に出会い、月明かりの海辺を自転車に乗せてもらって走ってきた。
カズ君は私のことを少しも怪しいと思わなかったし、むしろ私が幽霊とも思わなかったんだろう。それがどうしてなのか私にはわからない…

Nagisachick自転車の後ろでカズ君の背中にしがみついたその夜、私は恋に堕ちていた。幽霊の私がね…
その楽しい日はあっという間に過ぎて、カズ君はお父さんの都合でまた引っ越すことに。
その日、さよならが言えなくて部屋でジッとして留守のフリをしていた。

「いつかきっと会いに来るよ」

私がいたのを知ってか知らずか、その言葉を残していった…
私は…私はたぶん、その言葉を信じてるんだと思うよ。
でもさ…その日が待ちどおしいような、怖いような…
どこまでも青くて高い空をいく風の中にいるときでさえ、ふと考える…

「ナギサ…?!」

「あ…はいっ?」

「何度も呼んだんだけど…どうしたの?」

「すいません!ちょっと考え事してて…」

「せっかくだから他のアーチのところに来たんだけど…」

あれ…戻る道の記憶がない…
いつの間にか舗装の大きな道に出てて、長い橋の上にいた。

「ほら、そこ」

Dscf6344

こっちの橋と並ぶように古ぼけてはいるけど、足長の大きなアーチ橋が谷間を悠々と跨いでいた。両端は藪の中へ埋もれていっているけれど長いのは想像できる。

「これはずいぶん長い橋ですねーっ」

「109mあるんだって。タウシュベツのほうが130mで一番長いんだけど」

♪♪♪♪ ♪♪♪♪♪ ♪♪♪♪…

「はい! 鱒見です。 はい、はい… そうですか…いえ、わりと近くですけど…。そうですね。30分ほどで、はい。了解しました」

携帯電話をパタン!と折りたたんだ義江さんは、大きなため息をついた…

「ごめん!急にヘルプ入っちゃった!」

「仕事ですか?」

「うん…よくあるんだけどね。こういうこと…」

忙しいんだなぁ…
私は、大人の世界を生きたことはなかったし、今も昼と夜の違い以外、時間の感覚ってないし… もっとも左腕のコロンがいるから時間というものはわかっているけど、時間に追われるような過ごし方はしたことがないから。
でも、一生懸命仕事に打ち込む生き方もしてみたかったと思う。
いまさら望んでも、それは仕方のないことだけど…

Dscf0219

「ここでいいの?旅館まで送るよ」

「いいえーっ!もう少し散歩してきます。お仕事頑張ってください」

「もう…明日には発っちゃうんだっけ?」

「はい…またいつか来ますよ」

「良かったらアドレス教えて」

アドレス?…あーっそうか携帯電話のことか…
まさか幽霊だから携帯持ってないともいえないなぁ…

「すいません…私、持ってきてないんです…」

「そっか…ひとり旅で携帯もうっとおしいしね」

「うん、でも大丈夫」

「じゃ、またいつか…」

「はい、ありがとうございます。楽しかったです」

義江さんの車はブーンと走っていった。
後ろのガラス越しに手を振る姿が見えて私も手を振り返す。
気がつくと爪の色が緑に変わりかけていた。
ちょうど、この体の時間切れ。

Handspark ナギサーン…橋ば見たいかったでよ…ずーっと静かば守りいたに…」

あっ!コロンのこと忘れてた…

「いや…あの場合仕方ないでしょ?」

「見たきたいでれっすーっ」

「えーっ見たら願いが叶わなくなっちゃうでしょーっ」

「そな橋はカミサマならすか?そなん、なお行かんばならすよ?義江さんだらの願いさ伝えにん」

「…でもー」

「ナギサンひと飛びにゃすし、すっと行けるりよ」

「うーん…わかったよーっ…」

確かに私がその橋に願掛けしてるわけじゃないし
橋が願いを聞けるなら会っておいたほうがいいかな…

Nagisafeedback2

時間切れの体を解き放って風に乗った。空の風は、不安定だったので湖面を撫でるように走る風に乗り換えて湖をさかのぼって行く。

ボーッ

Dscf6364

あれ?どこか遠くから、また変な楽器みたいな音が…

(つづく)

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2010年1月 9日 (土)

Anniversary of Angel ②

Raketop

ようやく憂鬱な朝が来た。
昨日ここへ降りたときに知り合った義江さんと、この公園で待ち合わせている。

Nagisariver私は、ナギサ。実は幽霊。
生きてる人のフリをしているけど、この体は空や大地に散らばる『命の欠片』を寄せ集めた急ごしらえの体は、4時間位が限度。
その前に元の形に開放してやらないと、この柔らかい体も小さく縮んで石のようになって私自身が中に閉じ込められて出られなくなってしまうらしい。今のところそうは、なったことはないけれど、両手の爪が緑色に変わってくると時間切れの合図。それは何度も見ている。

Ruin

義江さんが旅館まで迎えに来ると言ってたけど、泊まっていないのが嘘だとバレてしまうから断ってバス停で待つことにしていた。
バレたとしても、まさか私の正体が幽霊とは思わないにしても怪しまれることにはなるだろう。
私の知らない間に世の中は進んでいるから『幽霊博物館』みたいなのがあって、そこへ入れられてしまうかもしれない。そうなっちゃうと困るなぁ…
陽が昇ってきたとき、遠くへ逃げてしまえばよかったと今になって思う。
それができれば苦労は無いんだけど…約束しちゃったしなぁ。

Coron「ナギサン、丸干し橋見に行くでのだすか?」

左腕の時計の姿で絡みつくコロンが言う。

「うん…約束しちゃったし…。コロンはどうするの?一緒でなくてもいいけど…」

「いちお、あてらも行くだますよ。丸干しゆの面白すならだなか」

「いいけど…ずっと左腕にいてよ!

Busstop_3 「なでるすか?」

「あの人に聞こえないにしても、いきなり声をかけられたら私が驚くでしょ…」

「でもな 昨日の日はバレぬなんしたよ」

「とにかく、私が“いい”って言うまでは、おとなしくしててよっ」

「御意たでござる」

人間好きのコロンは、こんな山の中で人に会えたからご機嫌らしい。
早くにこの辺りに来たけれど、人は見かけなかった。
旅館とか、お店とかの中に入ればいるのだろうけど、建物がたくさん並んでいるけど、時折通る車以外、人を見かけなかった。

プップー

Glasball「あっ来た!」 もう後には引けないなぁ…

「おはよーっゴメン、だいぶ待った

「おはようございます。私も今来たばかりで…」

「夕べ、ちょーっと寝つきが悪かったもんだから…」

「えーっ寝不足ですか。大丈夫?」

「ううん大丈夫。まぁ、ここで立話もなんだから行こっ」

「はい」

Ek057 義江さんの車は街を通り抜けて山道を登って行く。

「義江さん、ここの生まれなんですか?」

「いや!私は父の仕事の都合で高校からこっちに来たの。ここからバスで本町の学校までね。ナギサさん、どっちの学校?」

「わ…私…海の方で…」

「海かぁ…もう何年行ってないかなぁ。日帰りで行けないわけじゃないけど…私、方向オンチだからダメね。遠いところは」

「私もそうですよ。いつも風任せです」

「えーっ?それ、どういうこと?」

「いや…気分屋なんで、迷ってばかりってことですっ

コロンが左腕でコチコチと震えて笑ってる。

Line

「ナギサさん糠平には、いつまで滞在するの?」

「いえ…あの明日くらいに…」

「普通の年だったら、水が増える今時期から冬までタウシュベツの橋は水の下にあるんだけど今年は雪も雨も少なくて。でも、ある意味良かったかもしれないよ」

「ある意味?」

「ここの温泉街、裏山にスキー場もあるから雪がないとね。いつもこうだと商売あがったりだからさぁ…」

Skialia

「義江さんってスキーできるんですか?私は全然したことないけど…」

「私もぜーんぜん学生の時はスキー場もすぐそこだし一緒に行く人がいたけど、上達しなかった。才能ないのよ。今なんか冬場は忙しいし…」

「今は暇なんですか?」

「もうすぐ紅葉シーズンが始まるからそれまでは、わりと…。だから休暇も今時期に集中するんだよね。」

ここへ来たときの山は、まだ緑色1色だったけど、確かに夏の色とは変わってきてた。
秋はもうそこまで来ているんだね。

Mt

「そういえば、さっき遅れそうだったから旅館に寄ったんだけど」

「えっ!」 寄ったの まさか…?

「そしたら、おじさんもおばさんも仕込みで外出って貼紙があってさぁ…お客さんいるのにねーっ」

「だ…大丈夫ですよ。私も朝から出かけるって言っといたし」

「あの旅館とは、ここへ来たときから家族ぐるみの付き合いでさ、ウチは母が早くに亡くなったから助かったんだよ。父は不器用で身の回りのことも苦手だったから。それで、そこのひとり息子がクラスメートでね。兄妹みたいだったなぁ…私もひとりっ子だから。 今は札幌で仕事してるけど…」

Speed

そのまま義江さんは、何か思い出したように静かになった。
陽気に飛び回っていた空気が車の中で何かを感じておとなしくなってくる。
次の言葉が浮かばなくて私も頭の中が真っ白になっていった。
横長で四角い景色が、ずっと終わらないテレビみたいに動き続けている。

Dscf0642 「あっもう着くよっ

長い眠りから覚めたみたいにハッとわれに返ると、義江さんは右側に見えてきた駐車場へ入っていく。回りに橋らしいものは見あたらない。木立の間から湖が少し覗いていた

「ここから少し歩くから」

「いよいよだしね」

左腕のコロンに答える代わりに右手でコロンをグッと押さえてやった。
木立の間を通る道を進むと、道は真っすぐでズーッと奥まで続いている。
このまま進むと緑の中に吸い込まれていくように見えた。

Dscf0661 「かなり遠いんですか?」

「いやもうここだよっ」

「えっ?」

回りを見渡すと、右に橋が見えた。
車がその上を通り過ぎていく音が聞こえる。あれは今、通ってきた橋じゃ?

「あれ?」

「ううん、これ!」

義江さんは笑って下を指差す。
下…?コンクリートで柵のある…

「えっ…こここの橋がそうなの?」

Rake4

「そう!この橋が『三の沢橋梁』。昨日の『糠平川橋梁』もそうだけど遊歩道になっていて今も渡れる橋が3つあるの。ここじゃ全体が見えないから降りてみよっ」

橋の向こう側、藪で覆われた斜面に階段があってそこから義江さんに付いて下へ降りていく。木立の間から覗いていた湖が目の前に広がる。
湖の縁は茶色の土がむき出しで大きな石がゴロゴロしていた。
遠くに黒っぽい生き物がたくさん湖の方を見ていた。

「あれ、なんだろ…小さいのが点々と」

Nagisarake

「あれ?あれは切り株、この湖は谷間を流れる川だったんだけど、発電用のダムができて湖になったの。その時、切り倒された木の切り株が水が減ると見えてくるんですよ」

切り株…なんだか湖に帰りたがってる生き物みたいにみえるね。

「ほら!今渡ってきた橋!」

「あーっ

No3

振り返るとお城のように大きな橋が目の前にドーンと立っていた。

「大きいですねーっ!だから『恐竜』って言うんですか?」

「恐竜?いや『橋梁(きょうりょう)』だよ。『橋』ってこと」

う…学のなさが出た…。風があったら飛んでいきたい

「このガッシリした大きさ、男性的だよねーっ」

「へーっこの橋、男の人なんですか?」

「いやいやガッシリしてるところが、そんな感じだねーって…」

ボォーッ…

 

Kuchiki 「あれ?今、何か聞こえませんでした?」

「えっなにも聞こえなかったけど?驚かさないでよ。クマかと思うじゃない風の音じゃない?」

「出るんですか?クマ…」

「出ないって保障はないけど…私、今まで会ったことは一度もないよ。ハハハ…はぁ…

あれはクマとも風とも違う音だった。
もっと深くて勢いのある唸り声みたいで遠くからこっちへ向かってくるみたいだったと思う。
耳をすませても、それ以上は聞こえなかった…
気のせいだったかな?

「でも、この橋が湖に沈むなんて信じられないですね。むこうの橋とそんなに高さも違わないみたいだし」

「あーっ違う違うこの橋じゃないの『幻の橋』は。そろそろ行ってみようか」

「はい」

もと来た道へ振り返ったとき、そよ風が何かを知らせに来た。覚えのある香り…
うーん…これは…なんだっけ…?

Rake

義江さんの車は、緑の間をウネウネと伸びる灰色の蛇の背をさかのぼっていく。
と、急に右のわき道へ入っていく。その先に赤い鉄で出来た門が見えた。

「ちょっと待ってて。ゲート開けてくるから」

義江さんは車から降りると門の方へ歩いていくと、ポケットから鍵らしいのを出してガチャガチャ始めている

Greenroad 「ナギサーン?ちと話してもよかにか?」

「うん。義江さんが戻ってくるまでだよ」

「丸干しの橋と言うは、この先やらか?」

“まぼろし”だよ“まるぼし”じゃなくて…」

「そこには何が渡るるでら?」

「いや、今は何も走っていないらしいよ。線路も無いし」

「してわ…先より石炭燃えよる臭いがすらな…」

「石炭

そっかさっきのは石炭の香りだ

「コロンもそう思った?」

「そさすな。たぶんならす…完全でなしが…」

「まぼろしかぁ…そこに何があるんだろ。あれ…?」

扉は開けられたようだけど義江さんは、道の先をジーッと見つめている。
なにかいるのかな?

Greeen

しばらく待っていたけど義江さんは、まるで人形みたいに動かない。

「なんだか…様子がおかしいよね…」

「クマでも出たらますか?」

心配だな…ちょっと行ってみよう…

「義江さん? 義江さん?どうしたの?」

おや?聞こえてない?

「義江さん

うわあぁっっ

手を握って呼びかけたら義江さんは電気ショックでも受けたみたいに跳ね上がった。
あまりの驚きように私の魂も体から転げだすかと思ったほど…

「すいませんごめんなさい私、驚かすつもりじゃ…」

「あっ…ゴメン!私、ボーっとしてたみたいだね…」

「何かあったんですか?クマでも出たのかなーって思いました…」

「大丈夫だよ!大丈夫!行きましょう」

車は、開かれた扉の間を抜けて緑の奥深く入っていった。

Dscf0637

「もしかして寒い?ナギサさんの手、すごーく冷たかったけどヒーター入れよっか?」

「え…?大丈夫です…私、平熱低いんで

そっか…冷たいのか…私の手…

さっき…義江さんの手に触れたとき
なんだか重くて物悲しいものを感じた。
あの悲しみはなんだろう…この明るい義江さんのどこに…?

                             (つづく)

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2009年12月14日 (月)

Anniversary of Angel ①

Dscf2006

私はナギサ 風に乗って青空の下を旅する幽霊

逆向きの風を踏みつけるように競り上がる風の背に乗ってここまで来た。
この前まで海!海!と言ってたのに久しぶり山の続く景色が美しく懐かしい。その山沿いを縫うようにうねる道をテントウムシみたいに小さい車が走っていくのが見えた。

Koronhand ユーレイ ユーレイ ユーレイ ヒーッ…」

「ちょっとお…なに、その歌

左腕で時計の姿になっているコロンが変な歌を歌いだした。
時々、私も知らない妙なことを口走るから調子が狂って風から落ちそうになるよ

「“よお出る”とか言うらしかでねすよ。ナギサン知らぬか?」

Dscf0028 「えーっ 知らないよそんなの…あっ うわわわぁっっ

つい、ボーっとしてたら山沿いに差し掛かったのを忘れていた。
いつの間にか風が下へ降りていて目の前にトンネルが

間一髪で通り抜けられたものの事故を…起こさないか別に

Dscf0024 

Dscf0033 「いやぁーっ危ないじゃないさぁ

「ナギサン?あそらに見えゆるんは、なんだすかなぁ…」

「えっ?どれ?…あっなんだろ…ちょっと近くまで降りてみるよ」

逆向きの風に落ちそうになりながら乗り換える。こっち向きの風は上に向かわずドンドン下へ向かうからあっという間に近づいていくと道から少し外れた森の中、川の側にあったのは大きな橋だった。

「橋…橋だよ。古い橋だ!」

「ここんとこも捨てられたものだなん?」

「うん…たぶん…」

Dscf0060

Dscf0068_2 不思議なことにこの橋、足が濡れるのが嫌なのか、川を跨がないで崖っぷちにぺったりと張り付いて身をよじらせていた。
もう長いことここでひとりぼっちなんだろうな…

「戻ろ!風がなくなると困るから…」

「はいな!」

川を通る風を捕まえて川の流れををさかのぼっていく。
風が静かとは言っても少し天気も怪しくなってきたから早いうちに今日、泊まるところを見つけないと…。

Dscf0115

広くなった先を進むと赤い大きな鉄の橋、そして大きな壁が間の前を塞いだ。
橋に気をとられててまた、ぶつかりそうなところを急上昇
その向こうに見えたのは…

「うわーっ海みたいだね。今の壁は、きっとダムなんだよ」

「だむ?無駄と違うるのかな?」

う…寒いぞ、そのギャグ …といってもコロンには、わからないか…

Dscf0118

「違うよ! 何かに使うための水を貯めておくところなのさ」

「人もなスゴイことするだやねね。あやっ?あれに見ゆるは街でやだなか?」

「あ…そうみたい…」 ちっ…またコロンの人好きの虫が騒いだなぁ…

Dscf0505_2 「ナギサン…やっぱ、街は嫌あるか?」

「うん?いいよ!別に…」

「無理しては、なだか?」

「そんなことないよ。 行ってみよっ!」

ホントは人前に出たくないけど、コロンが気を使ってるっぽいのも分かるから言えなかった…
私もめげてばかりじゃなぁ…。人の世から逃げてばかりというわけにもいかない。この世をさまよってるんだから…

「あの辺に降りよう」

町といっても森の中の小さな町らしい。それでも大きな建物がたくさんある。
街の縁の木立のところに紛れた道を見つけた。
人が歩いている様子が無いし、あそこでなら…

空から降りたところは、ちょうど橋の上。辺りに人のいる感じは無い。
ここだと今のうちなら大丈夫だろう。
回りの様子をうかがってから事に及んだ…

Nagisameta_3

「なんでな。こなとこさで人になるんだな。幽霊んままでも良かでないかな」

「なんで…って…ここで幽霊騒ぎ起こしたら大変だし…それにせっかく寄るなら人として空気を感じたいのさ。幽霊のままだと寒いのも暑いのもわからないし…」

「そういうのが好きだらすか?ナギサンとって、人ン化けさるんは、人中に紛れんたるんためでなかとかな?」

「うん!生きてるってそういうことなんだよ。 見えることや聞こえることだけじゃなくて、いろんなことが感じられるんだよ」

Dscf0830 「人のいるところだら寒くない感じないだや?」

「うーん…ないことは無いけど…」

「して、ここは寒いなだに?」

「そうだね。結構…寒いなぁ…」

正直失敗した。思ったよりもここは、寒い。
まだ緑は、青々としてるけど季節は確実に氷の季節へ向かっているような。
もう秋がすぐそこに来てるんだ。
橋の向こうにトンネルが見える。だけど前に柵がしてあって行き止まりみたい。
ここは、あまり人の来ない道のようだ。
それでも橋は大きくて、川は谷底のような下の川を悠々と跨いでいる。

Dscf0846 

「そんなに大きな川でもないのになんだか大きい橋だね」

「どなとこなんか、あちきも下を見せるでくださな」

「いいよーっ」

下を覗いてみようとすると欄干が二重になっているから良く見えない。
仕方が無いので欄干から身を乗り出して…。

「う…うわっ

「何したね?」

「人がいた見られた

Shot 川原が見えた途端、こっちをカメラを構えて見上げている人がいた。

「怪異なことよろしたでないなら隠れでも良しでさよ。逃げたらば怪しきなろ?」

「それは…そうなんだけどさ…」

人と会うとトラブるから嫌だなぁ…これでも幽歴長いから人の世とズレがあるってことなんだよ。でも、自分で決めて来たんだしなぁ…

Dscf0829

「ちょっとーっ!上の人―っ」

「ホラ呼んでなまし。返事しないば失礼でれら!」

あの声を聞いて、人間好きのコロンは嬉しそうだ。

「おーい!聞こえるーっ?」

「ほら!再び呼んでんたるわ」

仕方ないなぁ…なんとかごまかそう…

「はーい?」

「ごめんねーっ いっしょに写しちゃったかもしれないーっ!」

「いいんですよーっ別にーっ」

「そっち行ってもいいーっ?」

「は…はいーっ」

「ほら!こっちさ来るよろす」

コロンには思わぬ幸運なんだろうな…。

「こ…コロンあの人が来ても黙ってるんだよ

「あいな

Dscf0822

Dscf0834 「私、鱒見義江です!旅行の人ですか?」

「ナギサです。旅の途中で…」

「さっき…ここで何か光ってなかった?」

えっ?…何も見えなかったけど…

「そう…気のせいだったかな…。あの、ひとり旅ですか?」

「わだしもおるます」

「シーッ

「えっ?」

「いえっ!こっちのことで… ハハ…ひとりです。もちろんひとりで来ました」

コロンが急に返事をするからつい…。
でも、コロンの声は、この人に聞こえなかったらしい。

「熱心ですね。やっぱりアーチ橋ですか?」

「アーチ?」

「これもそうなんですよ。“糠平川橋梁”って言って、遊歩道に整備しているから分かりにくいけど下から見るとこれも立派なアーチ橋なんですよ。ここに来る途中の国道沿いにもいくつか見えたと思うけど」

Dscf6304

「詳しいですね。もしかして…カメラマンなんですか?」

「まさか、違いますよぉ!写真は趣味なだけ。近場のもの撮ってるだけだし…」

冷たいそよ風が山の方から吹き降ろしてきた。

「その服じゃ寒いでしょ?この辺は夏場でも朝は冷え込むから…。良かったらウチに寄りませんか?すぐ近くだから」

「はい…」

トホホ…幽霊らしくしてればよかったなぁ…

Fb150

「車で来たんですかぁ?」

Room この世とは思えない。真っ白な部屋。天国みたい…まだ行ったことないけど…。
へーっと重いながらキョロキョロしてるとキッチンから義江さんが話しかけてきた。

「いえ…えーっと… あの…電車で…」

「電車?あーっJR?帯広からバスで来たんだ。ここが廃線になってなければJRで来られたんだろうけどね。いまはここまで来るバスも本数は減っちゃったし。観光バスならそこそこ来るけどねぇ…。でも、アーチ橋散策なら車がないと不便ですよ」

「ハイセンってなんですか?」

「え…?うーんと、帯広から、この先の十勝三股ってところまで国鉄士幌線っていうのが走っていたんだけど、もう20年以上前に全て廃止になったんです。昔は森林開発や農産物の輸送に活躍したそうだけど、車社会に押されちゃったらしくてね…それで。 私、ここ育ちなんですけど高校は、本町までバスで通ってたんですよ。その頃にまだ走ってたらロマンチックだったろうなぁ…」

そっか…電車走ってなかったのか…危ない危ない。 ボロだすとこだった。

「はい!コーヒーどうぞ!私、近くのホテルで働いてるんですよ。行楽シーズンも紅葉までひと段落なんで休暇なんですよ。さっきもそれで…。ところで、どちらに泊まってるんですか?」

Cofee 「えっ?え~っと…あっちの方の…」

「●●荘?」

「そ…そうそう!そうです

「シャレが旨いだなナギサン!」

コロンがチャチャを入れてきた。
答えるかわりに右手でコロン(腕時計)をグッと押さえ込む。

あそこいいでしょ?私も好きだよ。お湯もいいけどこの辺みんな『源泉かけながし』のお湯だから良いんですよーっ。『湯めぐり手形』を買うと3軒ハシゴできるからお勧めだし。あっ!コーヒー冷めないうちにどうぞっ!」

「あっはい!…アチチチ

うわっ苦ッ!コーヒーってこんなに苦いんだ…

「やっぱり、あれですか?タウシュベツ?」

「はっ?タウ…?」

Dscf6314

「今年は、雪も雨も少なかったから今でもほとんど全体が見えてるそうですよ。いつもの年ならこの時期には、もう湖に沈んで見えなくなるんだけどね。」

「沈んじゃ…橋の意味ないんじゃ…?」

「ううん!タウシュベツ川橋梁って糠平ダムができる前の旧路線の橋だからダム湖が増水期になると、橋の上まで水位が上がるんですよ。だから『幻の橋』って言うんだなぁ…一見の価値ありますよ」

Fb095 「へぇーっ!ぜひ行ってみたい」

「でも、車でないとね…林道も4キロくらいあるし…」

「そうですか…残念ですね…」

幻の橋”って言葉に興味が出てきた。
だいたいの場所がわかったらあとで風に乗って見に行こうかな。

「うん…でも…もう…いいかぁ!良いですよ。休みだし案内しますよ。私も行きたかったし、明日にでも…」

「えっ?いいんですか?」

「うん!いいよ!せっかく、ぬかびら源泉峡に来てくれたんだし」

ホント言うと、そのつもりじゃなかったけれど幻の橋を見に行くことになった。
そのあとしばらく、知っている世間がかみ合わない話をした後、宿まで送ってくれると言い出された。それは丁寧に断ったけど…バレちゃうから…

Night

丸干しの箸たぁ明日だは面白さうなやねナギサン

「う…うん…

なんか、嫌ァ~な予感がするんだなぁ…

                                 (つづく)

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2009年11月 3日 (火)

くじら

Sky

人生(幽生?)最大の失敗をやらかして、昼間はズーッと空の上にいる。
風の中にいると風を感じない。
地上の音もここまでは聞こえない。
こんなに意固地になってちゃ良くないよなぁって思うけど、今はこうしていたい。

Ska007 「ナギサーン?どちらさんまで行きよるな?」

「うーん?決めてないよお…どこか…いやどこか行くよ」

マズイマズイ。左腕に腕時計の姿で巻きついているコロンにそんなこと言うと、また街へ行きたがるに違いない。

「決めておらなら…」 「しりとりしよっ

「はあっ?」

「しりとりだよ。知らない?言葉の最後の文字から次の言葉を考えるの。それを順番に言って答えられなかったら負け!言葉の勉強になるでしょ?」

Dscf3361 「そさの…やりまっか」

「じゃ!私から。“リンゴ”

「り?…り…」

「“り”じゃないっよ “ご”

「ご…呉越同舟」

な…なんで、そんなの知ってんのさ?

「“う”でしよ。コーサンでしたか?ナギサン」 

「うー…ウサギ…」

「疑心暗鬼─」

Nagisaskyうっわーっなにそれっ

「きっ…キリン…あ…」

「“ん”ですか?ん…」

「私の負けだ…

「あや?そなすか?負けたらどうなるね?」

…目ざといこと言うなぁ…

「…で、どうしたい?」

「そさな…少しばかり地面に降りたいだすね」

やっぱり…

「この辺でもいい?人はいなさそうなとこだけど」

「かまわねす。わらば石ですから、空の上あ落ち着きないだから」

コロンはあまり空が好きじゃないんだなぁ。
私が地上にいる時と同じで空の上は不安なんだろう。
私も自分のことばかりでコロンのこと少しも考えてなかったよ…
そう言われちゃ仕方ないよね。

Coron2_2

「あーっいいですねん。体が伸びるですみたい」

舗装の道の上だけど、車が走ってくる様子はない。近くに駐車する場所もあったけど辺りに人の気配はなかった。私にしてみれば安心できた…

Dscf3358 「ナギサン!なんかそこにおりまする」

「誰?人?」

「階段だようですがな」

階段?人かと思うじゃない。「おります」なんて…

「ズイズイ行ってみまうせ」

「えっえっちょっと待って

地上に降りるとコロンは大胆だ。
人から見られない自信があるからだろうな。
見られてもコロンだったら平気そうだし…

「ずーと川まで降りるとこようです。シオワッカ書いてありぬる」

「塩輪っか?なーにそれ…」

コロンは、階段をピョンピョン降りて先に下まで行っちゃった…。

Wakkastand

「何やぁ!軟弱もので若造ですたわ」

「?…えーっ何?クジラ?」

Wakka1st そこにあったのは、さっき降りた道の脇に続く斜面からヌッと顔を出したクジラの頭。

「クジラちゃうね。クジラらは昔、この上で泳ぎします」

そう言われて空を見上げた。
クジラが空を泳ぐ?ここはクジラの幽霊もいるの…

「クジラいたときあ、ここ海の底だす。ズーと前な」

「じゃあその頃のクジラの化石なんだ」

「ちゃうねな。軟弱モノやろす」

「言葉も知らない年寄りのたわ言は久しぶりですね」

わっこのクジラ…しゃべる!

「なやて!もか言いなや」

「ちっ…ちょっとコロンやめなよっ

「お嬢ちゃん、ガチガチの塊になるヤツは考えまでガチガチなんですよ」

Kuzira

「軟弱モンで言うなぁ

コロンが荒れてる。ガチガチだって…石でも怒るんだ。

「200年ばっこでナマ言うのんか?こんのう!」

「やれやれ…歳で威張り散らすのは、ヒトといっしょですね。はしたない…所詮、石ころに過ぎないのに」

ええっ?200年!じゃコロンはいくつなのさ…

「ナマ言ってなそこ行ったらして、ボコしてやるきに」 

Koronangry

「やめなよーっコロンやめてってーっもう行こうよーっ

荒っぽいおじさんみたいに大声を出すコロンを無理やり引っぱってきた。
いつも私の左手に絡み付いているくらいだから、この場から引き離すのは容易だったけど…。
その後のコロンは、いつもらしくなく、ずーっと黙り込んでいた。

「ねえ…コロン?どうして“軟弱モノ”なんて言ったの?」

「…あいつらあ水に溶けて歩くがぁ好かんです…エライ思とるて自慢しからしきから…」

…なんだか分かんないなぁ。でも、今日はそっとしておこう…

Kuzirasky

あーっクジラだ! クジラが空を泳いでるーっ
雲なのかな。それともさっきのクジラ…?

「あても、石ころでなす。ちぽけな石ころ…」

左腕のコロンは、ボソリとつぶやいた…。寂しそうに

youtube「くじら12号」judy&mary

【シオワッカについて】
 北海道足寄の螺湾という地区。道道664号線をオンネトーへ向かうとシオワッカ公園のが右側にあります。(駐車場あり)
「シオワッカ」はアイヌ語の「シモチク=ワッカ」(飲用できない毒水)の意で多量の炭酸ガスと石灰質鉱物を含む鉱泉が約200年の年月をかけてこのような石灰華半ドームを作りだしました。  
Dscf3010 ここには多くの鉱物が生成され、季節によって生成される初生鉱物が異なっているそうです。春先にはファテライト、夏にはモノハイドロカルサイト(CaCO3・H2O)、冬にはイカアイト(CaCO3・6H2O)といったものが確認されているそうです。(イカアイトは通常深海にて生成されるもので、陸上で生成されるものはカリフォルニアのモノ湖に次ぎ、世界でも2例しか確認されていません。しかも、モノハイドロカルサイトとイカアイトの両方が生成されているのは世界でもここだけ)自然実豊かで閑散としたところですが世界的に貴重な場所とされています。
 自然の驚異は、意外と身近に存在して気がついていないだけかもしれません。

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