ロビンソン ②
「えっカズが、なんであんな空家にいたんだよ
」
「それは…聞いたけど言わないのよ…ずっと黙っているだけで…。警察まで引き取りに行ってくださった先生の話だと、その家で叫び声がしたって通報で警察が要ったらカズが中でボーっと座っていたそうだけど…」
「お前は迎えに行かなかったのか?」
「そんな!仕事中じゃ携帯持てなかったし…警察の話だと、放心状態で何も話せる状態じゃなかったそうで…。でも怪我をしている風じゃないし、こっちの言うことに頷いたりできたから今夜は様子を見ましょうってことなんだけど」
「まさか、イジメとか…」
「先生は、そんな様子はなかったっていうし…」
「そんなのわかるもんか!わかった、俺がカズに聞いてくる」
「いや!よして!今はそっとしておいてあげたほうがいいと思う…」
「しかし普通じゃないぞ?あんな半分潰れて取り壊し寸前の廃屋にいたなんて!誰かに連れ込まれたとか、何かあったんだろ?」
「そうだけど…こういうことは、あせっちゃいけないと思うのよ…」
「しかしなあ…」
下から聞こえてた親父の大声が収まった。どうなることかと思った…
でも、聞かれたとしても、どう言えただろう…
あの時はギリギリだった。必死だった!じゃないと、自分が壊されるみたいな気がしていた…
あれは今朝、いつも通るあの家の前に差し掛かったときのこと…
いつも気にはなっていたけど、まさかあんなことになるなんて…。
「うん?ああ…。あのさ、このボロい家ってなんなんだ?」
いつもの朝、いつもの通り道。いつもなんだから気にならなくなってもいいはずなのに見上げてしまう家がある。
住宅地の途中にあって、回りはキレイな家ばかりなのに庭木がうっそうとして気味の悪いところだ。人が住まなくなって何年も立っている感じ。
葉の茂る季節になると家は1階の辺りは覆い隠されて、2階しか見えなくなる。
ウチの入っている町内会とは違うからどういう家なのかは知らない…
「知らんさ。こいつ転校生だし」
「ここ幽霊屋敷だぜ。殺人があったんだってさ。小3までビビッてこの道、通れるやついなかったくらいだ」
「でるのか?」
「うーん…見たってやつもいたけど、どうなんだかなぁ…マスクの女がいたとか、テケテケが入ってったとか、ウソくさい話ばっかだったけどなぁ」
「でも、あん時はビビッたよなぁ…集団下校したこともあった」
「で、ホントのとこ、どうなんだよ」
「デマだろ!殺人なんかなかったらしいし」
「そうそう都市伝説!ウチで聞いたけど、そんな話知らんって言ってたぜ」
「売家の看板あったけど、それもいつの間にかなくなってた」
「ふーん…」
「おい!マジヤバイ!あと5分!」
「今度親にチクられたらDS没収だ!走ろ!」
「おっ!」
─2階の窓に誰かいた…女の人がこっちを見てた。たぶん─
…………………………………………………………
帰り道。あの家のところ─
朝のことがズッと気になっていた。
家の前をチラ見しながらて通たけど何かいる様子はない…。たぶんあれは気のせいなんだろう…
「うわっ」
家の方ばかり気になっていたので誰かとぶつかった。
「すいません!ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「いいえ…大丈夫。私こそボンヤリしててごめんなさい…。あら?あなたは今朝の…」
「えっ」
そうだ!この人は今朝、家の中から俺を見ていた人だ…!
朝っぱらからあんな廃屋の中で何してたんだろ?怪しいよな…でも普通の人だし、異常者って感じでもない。
「あ…あの…この家にいましたよね…?」
「うん。驚かせた?ここは私がいた家だから…。ずいぶん前だからこんなになっちゃったけど、なんだか懐かしくってね…。」
なんだ、そうか。そうだよなぁ。昼間ッから幽霊じゃあるまいし…
「…幽霊かと思った?」
「いや…そんな、別に…」
「古くってボロボロだけど、想い出がたくさんあるのよ。あなたはどう?」
「いえ、ウチは社宅だし、引越し多かったから家のことなんか…」
「家の種類の問題じゃないわ。帰れるところがあるのは良いことよ。でも、それだけじゃうかばれないわね」
なんだか空気みたいな感じの人だ。目の前にいるのになんだかここにいないみたいに思える。これが大人の女ってやつかな…
「せっかくだから中を見てみない?けっこう楽しいのよ」
「え…でも、この家は…」
「幽霊屋敷じゃないかって?それでずいぶん苦労もしたわ。窓ガラスは割られるし、ゴミは投げ込まれるし…何も悪いことなんかしてないのにね。家を放っておいたこっちも悪いけど」
なんだか、かわいそうな気がして、だから断りにくくなった。
それで、ちょっとだけ家を見せてもらうことに…。
「懐かしいわ…私の小さい頃。こんなに痛々しく変わり果てたのに…かえって懐かしさが鮮やかに思い出せるの」
ボロボロな家をいとおしむように壁や埃だらけのテレビを撫でている。
でも、こっちにしてみれば薄気味悪くてたまったもんじゃない。
家の中を見てたら薄気味悪くて少し肌寒い感じがしてくる…いや、明らかに寒い。
「いえ違います…ここは学校へ行く通り道で…」
「そう…私のことは知ってる?」
「いや…知らないです。この町に来て3年くらいでズーッと点々としてたから…」
「そっかぁ…引越し多かったんだもんね。私はこの家を出たのは1回きり…。それが最後だったけど…」
「え…?」
「帰りたくて、やっとの思いで戻ってきたのに父も母も祖母もいなくなってた…」
「…」
「私ね…大学に行って山岳部に入ったの。わかる?山岳部って」
「ああ…登山とかの…」
「そう…そこで色々な山に登ったんだよね。見たことある?いつも頭上にある雲がズーッと下に見えるところって…」
「いや、ないです」
「そこで…足を滑らせて、落ちて…」
「大怪我したんですか?」
「わかんない…動けなかったからたぶんね。でもすぐに助けが来ると思った。だけど…」
もう夕方を過ぎたせいか寒くなってきた。それにしても今日はいつもより冷えてくる。
「だけど…誰も来てくれなかった!いくら待っても何年待っても」
「?」
なんだ?なに言ってるんだ?この人…
「だから…自分で降りたのよ。人を見つけて呼んだけど誰も返事をしてくれない。誰も私に気が付いてくれないの。それに、やっと家へ戻るとこの有様…。信じられる?あれから12年も経っていたなんて…」
あれ…ヤバイな…まじヤバイ!
「お願い助けて
私のことをわかってくれるのは、あなただけなの
この家ももうすぐ壊される
そしたら私はどこへ行ったらいいの
」
「いや…ち…ちょっと待ってください!誰か呼んできます!」
「ダメあなたを行かせたら、また1人になる!そんなのイヤだ…」
「あっ…うわぁーっ」
「えっ?…なに?」
「うんにゃ!あては、なんも言っておらんのだらに…」
「なんか変な声したよ…」
「そりはな、きっと幽霊じゃないすかね?」
「えーっ!怖いこと言わないでよ!…って私たちが幽霊じゃない!ハハハ…」
「それ、どの辺がおもしろかね。ナギサン?」
「いやぁ~っ!気難しいよおっ。コロン!」
「メンボクないすな」
たしかに確かに呼ばれた気がしたけど…たぶん…
モヤモヤした気持ちでいるから空耳なんかするのかな…
…………………………………………………………
あの後のことは覚えていない。
気が付いたら警察官が僕の顔を覗き込んで何か言っている。
返事をしようと思ったけど自分が自分じゃないみたいだった。
それから、どこかに連れて行かれて先生が来たことは覚えている。
先生に家に連れて行かれて母さんに会った時は自分が戻ったようだったけど何を話せばいいのかわからなかった。
「ホントにカズには困ったもんだなぁ…。そういや北海道からこっちに渡るときにも妙なことがあったんだぞ」
「なに?」
「あの、●●にいた時のことさ。2軒続きの借家にいただろ?隣はいつも留守がちだったけど、そこの子と遊んだってカズが良く言ってただろ?」
「ああ…そんなことも言ってたわね。そこが?」
「あの隣な…実は…」
急に親父の声が小さくなって肝心なところが聞こえなくなった。
北海道か…懐かしいなぁ…。●●での海が見える町が一番楽しかった。
ナギサって隣の子と押入れの穴越しに遊んだのが楽しかった…。
たしか…病気であまり外へいけないとかだった。
押入れ越しに話合うのって、なんだか秘密の付き合いみたいでドキドキしてた。
どうしてるのかなぁ…ナギサ…
「あれぇっ?…まただ…」
「どしたんだらか?」
「いや…なんでもない」
「またソラミミでか?」
「うーん…とにかく今夜泊まるとこ探さないと…もう真っ暗だし」
「あては、この辺でも良かでれすがな」
「この辺はまずいよ!街中だし…」
それにしてもなんだろ…
「ねぇ…私のこと見えてるんでしょお?だったら無視しないでよォ…」
「なんだよ!騙しやがって!俺は子どもだぜ。あんたに何してあげられるって言うんだよ!もっと何とかできる奴のところへ行けばいいだろ?」
「そんなこと言ったって…私…どこもいくところがないのに…。ジャマしないからいいでしょ?…それに人には親切にするものよ。特に女性には─」
幽霊のくせに、なに言ってんだよ!まったく…
…………………………………………………………
「え…?死んだの?その子…!」
「シーッ!カズに聞こえるって…。ウチがあそこへ入る数年前に防波堤で遊んでた女の子が海に落ちたんだそうだ。で…それが原因らしく、夫婦仲が悪化して蒸発したらしい…」
「え?」
「娘の事故死で奥さんのこと責めたんだとさ。先に旦那の方が家を出て奥さんひとりだったそうだ…。うちらが越した後、様子がおかしいのと嵐で屋根葺き板が一部飛んだとかで保証人に連絡して立ち会ってもらったそうだ。そしたら…」
「そうしたら?」
「押入れにその子の小さな仏壇が置きっぱなしで、回りに飴がたくさん散らばってたんだそうだよ。写真と位牌は無かったそうだけど」
「じゃあ、カズが遊んでた隣の女の子って…まさかそんなこと!」
「ホントだって!あそこの大家の●●さんに聞いたんだ」
心待ちにしている声に気づくことなく 季節のうつろいをさまよい続けるナギサ
そして 人に見えないものが見えて 接することができる己に気づき始めたカズヒロ
ふたりが出会うのは もう少しずっと後のことです。
【送料無料選択可】スピッツ/ハチミツ
|
最近のコメント