ロビンソン ①
どこまでも高い青空の中、風の背に乗って飛んでいる。
私はナギサ。半人前の幽霊─
とは言っても何年も幽霊してるのになぁ…
季節は秋。一面緑色だった景色は、どこまで行っても赤や黄色に染め替えられていた。
風に乗って赤い木立の道を通り抜けるとハラハラと枯葉が舞い上がっていく
もうすぐ冬なんだね。これからどんどん寒くなっていくんだ…
昔─冬に学校へ通う道の途中に立っていたシラカバの木が骨みたいに見えて、なんだか怖かった。
毎日、目をつぶってそこを走り抜けていたけれど、季節の魔法は何もなかった枝に少しづつ葉を着せる…。
シラカバは白骨じゃなくて、ちゃんと生きているんだから当たり前なんだろうけど、それがすごく不思議だったよ。
「ナギサーン!赤ぃやら黄ぃやらのも見飽きたなんでしなぁ…」
左腕に巻きついたコロン(腕時計の姿をしている)がそう言った。
海の近くで会ったコロンは、近くの山に置かれたお地蔵さんの姿をした石の魂で、今は私と旅をしている。
「そうだよぉ!秋なんだから。冬を迎える準備の前に色を変えるんだよ」
「でもしな、変わらんのもあるじゃしに」
相変わらずコロンの話し方は、おじいさんみたい。
私も教えてはいるけど、元いた山に来ていた人たちの話から覚えた言葉が染み付いているみたいで直らない。
コロンはあまり気にしないし、私もコロンがなにを言おうとしているか大体理解できるようになってるい。
「えっ?…まあ、そういう木もあるけどさ。大きい葉っぱは、ほとんどそうだよ」
「そや!ずっといてた山で、あての上にもボタンボタン落としよりしたならぁ。何しよる思いでんが」
「嫌だった?」
「うんにゃ!ボッけし乗っかる雪よりゃ可愛もんだでし」
「そうか…もうすぐ雪も降ってくるんだね…」
冬は忘れることなくやってきた。
空から来たものたちは見渡す限りの大地にまんべんなく振り積もっていった。
凍てつく空気も緊張しているみたいで、寒そうな日が続く。
もちろん今の私にはその寒さはわからない。
冬は光は、一際まぶしい。
夏よりも真っ青な空は、まるで絵のようで風のほとんど吹かない日もある。
そんな時は、夜に泊めてもらった家にズーッと足止め。
こういうときに人が来て見られたら、ここが幽霊屋敷と誤解されるかもしれない。
だから、ツララから落ちる雫の音にもオドオドしてしまう…
「ん~っ?そげなん考えるばことは、無しですなぁ」
「仲間…っていうか他の石とは話したことないの?」
「わてらば石ころですからな。そゆな言葉、したことぁないです」
「他の石ころも何か思ったりするかな?」
「思うなことあるだらけんど、知りえませんで。割れて分かれたんでだから話すことも無しでる。」
「人もそうだよ。たぶん何か大きなものからどんどん別れていって小さな自分になるんだと思う。でも、誰かと一緒にいたくなるんだよ」
「それは、何でらすか?」
「うーん…何でって…そういう気持ちになるんだよね」
「それにしたってらナギサン、人嫌いでれしょうに」
う…痛いとこ突かれた…。
「それは… それは私が、もう人じゃないから…だよ」
「…あても今ば石ころでねぃですナギサンと一緒でぁす
」
「…コロン、ありがと。やさしいんだね」
「いやあ…ナギサンとがトモダチでやすしな」
コロンは照れるみたいに、そう言った…
やがて春の風が吹き始めた。空の高いところでは、季節の戦いが広まって運動不足な冬はヒューヒュー言いながら汗をかいている。
だから、かえって春の思う壺だった。
季節の変わり目は、いつも新しい方に部があるんだよね。
真っ白な世界に満足していた冬は、自分が思う以上に力を失っていたことに気づき、勇ましい春の猛攻に領地を追われて、どんどん遠くの山へと逃げだしていく。
春の訪れ。新しい命の季節…
その眺めを目の当たりにしながら心のどこかに穴が開いてどんどん空気が漏れていくような気持ちがするのは、その芽吹きに私が無関係だからなのかもしれない。
この命萌える世界にいる私はなに?
どこへ行こうとしているのだろう。
「ナギサン!なに考げぇとりますんかな?」
「うん?いや…別に…」
石ころのコロンは、機械みたいに表情のない声で話しかけてくるけど、私のことを気にしているみたいなところがあった。
人を観察するのが好きだけど、私のこともちゃんと見てるんだろう。
人から逃げ続けている私とは大違いだよね。
「うーむ…どうでかんなぁ…。たぶんにそれは、したくならん思いますに…」
「えっ?どして…?人が好きなんでしょ?」
「人らは、己らの見える場所が小さなやうに思みいます」
「…?」
「自分ん中から外を覗いてる風なんだらな。いつもん何か被ってるさのようです。どこか“ぎこちない”しておるようだすな。あてが思うに人ぁ自分になられい生き物でおるししょうな」
「うん。自分の思うこと、したいことだけじゃ社会っていうのは上手くいかないからね。人としての顔っていうのがあるんだと思うよ」
「そういうところさが面白なんやねす。だば!人にならんで、あてはコロコロしながら人を見ちょるんが好きでぃす」
「ふーん…」
白い大地が黒っぽくなり、また大地が緑色になり始めた頃、山の上に追いやられて意固地になった冬のところへ行った。
そこにコロンと同じようなお地蔵様がポツンと立っているところへ来た。
そっと触れてみると中に何かがいるのはわかるけど、応えてはこない。
それが神様とか仏様なんだと思っていたけれど、コロンと出会ってからそうではないと知ったんだけどね…。
「ねぇコロン?このお地蔵様とは話せる?」
「うんにゃ!石ころ同士は、よう話ませんねや。人のやうに話たり、くっ付いたりはしねいです。同じ塊んから一度離れでば、ひとつに戻ることもなしでれす…」
コロンが人の好きなところは、人が心を交し合えるということなんだと私は思った。
心を交わす人(コロンは別にして)などいない私もやっぱり“石ころ”と同じなのかもしれない。
…いや、そうじゃない。そうじゃないんだよ!忘れるところだった…。
“カズくん”のことを忘れるところだった。
ひきこもりの幽霊な私を陽の下へもう一度出て行くきっかけを作ってくれたカズくんのこと。
「いつか、会いに来るよ─」
風に乗って旅することを覚えた私には、カズくんに会いにいくのは、とても簡単なのかもしれない。海で遠くを見ていつも思うのは、向こう側にいるカズくんのことだ。
自転車乗りが上手だったね…あの日が懐かしい。
私がこうして何も食べない、眠ることも無い幽霊として「この世」にい続けていられるのは、きっとその想いがあるからなんだと思う。
だから私は待ち続けている。
いつ会いにきてくれるだろう。ホントに会いにくれるのだろうか?
それよりも私は、前と同じように会うことができるんだろうか?
その想いが叶ったとき、私はどうなるのだろう。
その日を素直に受け入れることができるのか…
こころのどこかで その日が来なければいいと…
本音の私は、そんなことを思っているかもしれない
(つづく)
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