Anniversary of Angel ②
ようやく憂鬱な朝が来た。
昨日ここへ降りたときに知り合った義江さんと、この公園で待ち合わせている。
私は、ナギサ。実は幽霊。
生きてる人のフリをしているけど、この体は空や大地に散らばる『命の欠片』を寄せ集めた急ごしらえの体は、4時間位が限度。
その前に元の形に開放してやらないと、この柔らかい体も小さく縮んで石のようになって私自身が中に閉じ込められて出られなくなってしまうらしい。今のところそうは、なったことはないけれど、両手の爪が緑色に変わってくると時間切れの合図。それは何度も見ている。
義江さんが旅館まで迎えに来ると言ってたけど、泊まっていないのが嘘だとバレてしまうから断ってバス停で待つことにしていた。
バレたとしても、まさか私の正体が幽霊とは思わないにしても怪しまれることにはなるだろう。
私の知らない間に世の中は進んでいるから『幽霊博物館』みたいなのがあって、そこへ入れられてしまうかもしれない。そうなっちゃうと困るなぁ…
陽が昇ってきたとき、遠くへ逃げてしまえばよかったと今になって思う。
それができれば苦労は無いんだけど…約束しちゃったしなぁ。
左腕の時計の姿で絡みつくコロンが言う。
「うん…約束しちゃったし…。コロンはどうするの?一緒でなくてもいいけど…」
「いちお、あてらも行くだますよ。丸干しゆの面白すならだなか」
「いいけど…ずっと左腕にいてよ!」
「あの人に聞こえないにしても、いきなり声をかけられたら私が驚くでしょ…」
「でもな 昨日の日はバレぬなんしたよ」
「とにかく、私が“いい”って言うまでは、おとなしくしててよっ」
「御意たでござる」
人間好きのコロンは、こんな山の中で人に会えたからご機嫌らしい。
早くにこの辺りに来たけれど、人は見かけなかった。
旅館とか、お店とかの中に入ればいるのだろうけど、建物がたくさん並んでいるけど、時折通る車以外、人を見かけなかった。
プップー
「おはよーっゴメン、だいぶ待った
」
「おはようございます。私も今来たばかりで…」
「夕べ、ちょーっと寝つきが悪かったもんだから…」
「えーっ寝不足ですか。大丈夫?」
「ううん大丈夫。まぁ、ここで立話もなんだから行こっ」
「はい」
「義江さん、ここの生まれなんですか?」
「いや!私は父の仕事の都合で高校からこっちに来たの。ここからバスで本町の学校までね。ナギサさん、どっちの学校?」
「わ…私…海の方で…」
「海かぁ…もう何年行ってないかなぁ。日帰りで行けないわけじゃないけど…私、方向オンチだからダメね。遠いところは」
「私もそうですよ。いつも風任せです」
「えーっ?それ、どういうこと?」
「いや…気分屋なんで、迷ってばかりってことですっ
」
コロンが左腕でコチコチと震えて笑ってる。
「ナギサさん糠平には、いつまで滞在するの?」
「いえ…あの明日くらいに…」
「普通の年だったら、水が増える今時期から冬までタウシュベツの橋は水の下にあるんだけど今年は雪も雨も少なくて。でも、ある意味良かったかもしれないよ」
「ある意味?」
「ここの温泉街、裏山にスキー場もあるから雪がないとね。いつもこうだと商売あがったりだからさぁ…」
「義江さんってスキーできるんですか?私は全然したことないけど…」
「私もぜーんぜん学生の時はスキー場もすぐそこだし一緒に行く人がいたけど、上達しなかった。才能ないのよ。今なんか冬場は忙しいし…」
「今は暇なんですか?」
「もうすぐ紅葉シーズンが始まるからそれまでは、わりと…。だから休暇も今時期に集中するんだよね。」
ここへ来たときの山は、まだ緑色1色だったけど、確かに夏の色とは変わってきてた。
秋はもうそこまで来ているんだね。
「そういえば、さっき遅れそうだったから旅館に寄ったんだけど」
「えっ!」 寄ったの
まさか…?
「そしたら、おじさんもおばさんも仕込みで外出って貼紙があってさぁ…お客さんいるのにねーっ」
「だ…大丈夫ですよ。私も朝から出かけるって言っといたし」
「あの旅館とは、ここへ来たときから家族ぐるみの付き合いでさ、ウチは母が早くに亡くなったから助かったんだよ。父は不器用で身の回りのことも苦手だったから。それで、そこのひとり息子がクラスメートでね。兄妹みたいだったなぁ…私もひとりっ子だから。 今は札幌で仕事してるけど…」
そのまま義江さんは、何か思い出したように静かになった。
陽気に飛び回っていた空気が車の中で何かを感じておとなしくなってくる。
次の言葉が浮かばなくて私も頭の中が真っ白になっていった。
横長で四角い景色が、ずっと終わらないテレビみたいに動き続けている。
長い眠りから覚めたみたいにハッとわれに返ると、義江さんは右側に見えてきた駐車場へ入っていく。回りに橋らしいものは見あたらない。木立の間から湖が少し覗いていた
「ここから少し歩くから」
「いよいよだしね」
左腕のコロンに答える代わりに右手でコロンをグッと押さえてやった。
木立の間を通る道を進むと、道は真っすぐでズーッと奥まで続いている。
このまま進むと緑の中に吸い込まれていくように見えた。
「いやもうここだよっ」
「えっ?」
回りを見渡すと、右に橋が見えた。
車がその上を通り過ぎていく音が聞こえる。あれは今、通ってきた橋じゃ?
「あれ?」
「ううん、これ!」
義江さんは笑って下を指差す。
下…?コンクリートで柵のある…
「えっ…こここの橋がそうなの?」
「そう!この橋が『三の沢橋梁』。昨日の『糠平川橋梁』もそうだけど遊歩道になっていて今も渡れる橋が3つあるの。ここじゃ全体が見えないから降りてみよっ」
橋の向こう側、藪で覆われた斜面に階段があってそこから義江さんに付いて下へ降りていく。木立の間から覗いていた湖が目の前に広がる。
湖の縁は茶色の土がむき出しで大きな石がゴロゴロしていた。
遠くに黒っぽい生き物がたくさん湖の方を見ていた。
「あれ、なんだろ…小さいのが点々と」
「あれ?あれは切り株、この湖は谷間を流れる川だったんだけど、発電用のダムができて湖になったの。その時、切り倒された木の切り株が水が減ると見えてくるんですよ」
切り株…なんだか湖に帰りたがってる生き物みたいにみえるね。
「ほら!今渡ってきた橋!」
「あーっ」
振り返るとお城のように大きな橋が目の前にドーンと立っていた。
「大きいですねーっ!だから『恐竜』って言うんですか?」
「恐竜?いや『橋梁(きょうりょう)』だよ。『橋』ってこと」
う…学のなさが出た…。風があったら飛んでいきたい
「このガッシリした大きさ、男性的だよねーっ」
「へーっこの橋、男の人なんですか?」
「いやいやガッシリしてるところが、そんな感じだねーって…」
ボォーッ…
「えっなにも聞こえなかったけど?驚かさないでよ。クマかと思うじゃない風の音じゃない?」
「出るんですか?クマ…」
「出ないって保障はないけど…私、今まで会ったことは一度もないよ。ハハハ…はぁ…」
あれはクマとも風とも違う音だった。
もっと深くて勢いのある唸り声みたいで遠くからこっちへ向かってくるみたいだったと思う。
耳をすませても、それ以上は聞こえなかった…
気のせいだったかな?
「でも、この橋が湖に沈むなんて信じられないですね。むこうの橋とそんなに高さも違わないみたいだし」
「あーっ違う違う
この橋じゃないの『幻の橋』は。そろそろ行ってみようか」
「はい」
もと来た道へ振り返ったとき、そよ風が何かを知らせに来た。覚えのある香り…
うーん…これは…なんだっけ…?
義江さんの車は、緑の間をウネウネと伸びる灰色の蛇の背をさかのぼっていく。
と、急に右のわき道へ入っていく。その先に赤い鉄で出来た門が見えた。
「ちょっと待ってて。ゲート開けてくるから」
義江さんは車から降りると門の方へ歩いていくと、ポケットから鍵らしいのを出してガチャガチャ始めている
「うん。義江さんが戻ってくるまでだよ」
「丸干しの橋と言うは、この先やらか?」
「“まぼろし”だよ“まるぼし”じゃなくて…」
「そこには何が渡るるでら?」
「いや、今は何も走っていないらしいよ。線路も無いし」
「してわ…先より石炭燃えよる臭いがすらな…」
「石炭」
そっかさっきのは石炭の香りだ
「コロンもそう思った?」
「そさすな。たぶんならす…完全でなしが…」
「まぼろしかぁ…そこに何があるんだろ。あれ…?」
扉は開けられたようだけど義江さんは、道の先をジーッと見つめている。
なにかいるのかな?
しばらく待っていたけど義江さんは、まるで人形みたいに動かない。
「なんだか…様子がおかしいよね…」
「クマでも出たらますか?」
心配だな…ちょっと行ってみよう…
「義江さん? 義江さん?どうしたの?」
おや?聞こえてない?
「義江さん」
「うわあぁっっ
」
手を握って呼びかけたら義江さんは電気ショックでも受けたみたいに跳ね上がった。
あまりの驚きように私の魂も体から転げだすかと思ったほど…
「すいませんごめんなさい
私、驚かすつもりじゃ…」
「あっ…ゴメン!私、ボーっとしてたみたいだね…」
「何かあったんですか?クマでも出たのかなーって思いました…」
「大丈夫だよ!大丈夫!行きましょう」
車は、開かれた扉の間を抜けて緑の奥深く入っていった。
「もしかして寒い?ナギサさんの手、すごーく冷たかったけどヒーター入れよっか?」
「え…?大丈夫です…私、平熱低いんで」
そっか…冷たいのか…私の手…
さっき…義江さんの手に触れたとき
なんだか重くて物悲しいものを感じた。
あの悲しみはなんだろう…この明るい義江さんのどこに…?
(つづく)
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