Anniversary of Angel ①
私はナギサ 風に乗って青空の下を旅する幽霊
逆向きの風を踏みつけるように競り上がる風の背に乗ってここまで来た。
この前まで海!海!と言ってたのに久しぶり山の続く景色が美しく懐かしい。その山沿いを縫うようにうねる道をテントウムシみたいに小さい車が走っていくのが見えた。
「ちょっとお…なに、その歌
」
左腕で時計の姿になっているコロンが変な歌を歌いだした。
時々、私も知らない妙なことを口走るから調子が狂って風から落ちそうになるよ
「“よお出る”とか言うらしかでねすよ。ナギサン知らぬか?」
つい、ボーっとしてたら山沿いに差し掛かったのを忘れていた。
いつの間にか風が下へ降りていて目の前にトンネルが
間一髪で通り抜けられたものの事故を…起こさないか別に
「ナギサン?あそらに見えゆるんは、なんだすかなぁ…」
「えっ?どれ?…あっなんだろ…ちょっと近くまで降りてみるよ」
逆向きの風に落ちそうになりながら乗り換える。こっち向きの風は上に向かわずドンドン下へ向かうからあっという間に近づいていくと道から少し外れた森の中、川の側にあったのは大きな橋だった。
「橋…橋だよ。古い橋だ!」
「ここんとこも捨てられたものだなん?」
「うん…たぶん…」
不思議なことにこの橋、足が濡れるのが嫌なのか、川を跨がないで崖っぷちにぺったりと張り付いて身をよじらせていた。
もう長いことここでひとりぼっちなんだろうな…
「戻ろ!風がなくなると困るから…」
「はいな!」
川を通る風を捕まえて川の流れををさかのぼっていく。
風が静かとは言っても少し天気も怪しくなってきたから早いうちに今日、泊まるところを見つけないと…。
広くなった先を進むと赤い大きな鉄の橋、そして大きな壁が間の前を塞いだ。
橋に気をとられててまた、ぶつかりそうなところを急上昇
その向こうに見えたのは…
「うわーっ海みたいだね。今の壁は、きっとダムなんだよ」
「だむ?無駄と違うるのかな?」
う…寒いぞ、そのギャグ …といってもコロンには、わからないか…
「違うよ! 何かに使うための水を貯めておくところなのさ」
「人もなスゴイことするだやねね。あやっ?あれに見ゆるは街でやだなか?」
「あ…そうみたい…」 ちっ…
またコロンの人好きの虫が騒いだなぁ…
「うん?いいよ!別に…」
「無理しては、なだか?」
「そんなことないよ。 行ってみよっ!」
ホントは人前に出たくないけど、コロンが気を使ってるっぽいのも分かるから言えなかった…
私もめげてばかりじゃなぁ…。人の世から逃げてばかりというわけにもいかない。この世をさまよってるんだから…
「あの辺に降りよう」
町といっても森の中の小さな町らしい。それでも大きな建物がたくさんある。
街の縁の木立のところに紛れた道を見つけた。
人が歩いている様子が無いし、あそこでなら…
空から降りたところは、ちょうど橋の上。辺りに人のいる感じは無い。
ここだと今のうちなら大丈夫だろう。
回りの様子をうかがってから事に及んだ…
「なんでな。こなとこさで人になるんだな。幽霊んままでも良かでないかな」
「なんで…って…ここで幽霊騒ぎ起こしたら大変だし…それにせっかく寄るなら人として空気を感じたいのさ。幽霊のままだと寒いのも暑いのもわからないし…」
「そういうのが好きだらすか?ナギサンとって、人ン化けさるんは、人中に紛れんたるんためでなかとかな?」
「うん!生きてるってそういうことなんだよ。 見えることや聞こえることだけじゃなくて、いろんなことが感じられるんだよ」
「うーん…ないことは無いけど…」
「して、ここは寒いなだに?」
「そうだね。結構…寒いなぁ…」
正直失敗した。思ったよりもここは、寒い。
まだ緑は、青々としてるけど季節は確実に氷の季節へ向かっているような。
もう秋がすぐそこに来てるんだ。
橋の向こうにトンネルが見える。だけど前に柵がしてあって行き止まりみたい。
ここは、あまり人の来ない道のようだ。
それでも橋は大きくて、川は谷底のような下の川を悠々と跨いでいる。
「そんなに大きな川でもないのになんだか大きい橋だね」
「どなとこなんか、あちきも下を見せるでくださな」
「いいよーっ」
下を覗いてみようとすると欄干が二重になっているから良く見えない。
仕方が無いので欄干から身を乗り出して…。
「う…うわっ」
「何したね?」
「人がいた見られた
」
川原が見えた途端、こっちをカメラを構えて見上げている人がいた。
「怪異なことよろしたでないなら隠れでも良しでさよ。逃げたらば怪しきなろ?」
「それは…そうなんだけどさ…」
人と会うとトラブるから嫌だなぁ…これでも幽歴長いから人の世とズレがあるってことなんだよ。でも、自分で決めて来たんだしなぁ…
「ちょっとーっ!上の人―っ」
「ホラ呼んでなまし。返事しないば失礼でれら!」
あの声を聞いて、人間好きのコロンは嬉しそうだ。
「おーい!聞こえるーっ?」
「ほら!再び呼んでんたるわ」
仕方ないなぁ…なんとかごまかそう…
「はーい?」
「ごめんねーっ いっしょに写しちゃったかもしれないーっ!」
「いいんですよーっ別にーっ」
「そっち行ってもいいーっ?」
「は…はいーっ」
「ほら!こっちさ来るよろす」
コロンには思わぬ幸運なんだろうな…。
「こ…コロンあの人が来ても黙ってるんだよ
」
「あいな」
「ナギサです。旅の途中で…」
「さっき…ここで何か光ってなかった?」
「えっ?…何も見えなかったけど…」
「そう…気のせいだったかな…。あの、ひとり旅ですか?」
「わだしもおるます」
「シーッ」
「えっ?」
「いえっ!こっちのことで…
ハハ…ひとりです。もちろんひとりで来ました」
コロンが急に返事をするからつい…。
でも、コロンの声は、この人に聞こえなかったらしい。
「熱心ですね。やっぱりアーチ橋ですか?」
「アーチ?」
「これもそうなんですよ。“糠平川橋梁”って言って、遊歩道に整備しているから分かりにくいけど下から見るとこれも立派なアーチ橋なんですよ。ここに来る途中の国道沿いにもいくつか見えたと思うけど」
「詳しいですね。もしかして…カメラマンなんですか?」
「まさか、違いますよぉ!写真は趣味なだけ。近場のもの撮ってるだけだし…」
冷たいそよ風が山の方から吹き降ろしてきた。
「その服じゃ寒いでしょ?この辺は夏場でも朝は冷え込むから…。良かったらウチに寄りませんか?すぐ近くだから」
「はい…」
トホホ…幽霊らしくしてればよかったなぁ…
「車で来たんですかぁ?」
この世とは思えない。真っ白な部屋。天国みたい…まだ行ったことないけど…。
へーっと重いながらキョロキョロしてるとキッチンから義江さんが話しかけてきた。
「いえ…えーっと… あの…電車で…」
「電車?あーっJR?帯広からバスで来たんだ。ここが廃線になってなければJRで来られたんだろうけどね。いまはここまで来るバスも本数は減っちゃったし。観光バスならそこそこ来るけどねぇ…。でも、アーチ橋散策なら車がないと不便ですよ」
「ハイセンってなんですか?」
「え…?うーんと、帯広から、この先の十勝三股ってところまで国鉄士幌線っていうのが走っていたんだけど、もう20年以上前に全て廃止になったんです。昔は森林開発や農産物の輸送に活躍したそうだけど、車社会に押されちゃったらしくてね…それで。 私、ここ育ちなんですけど高校は、本町までバスで通ってたんですよ。その頃にまだ走ってたらロマンチックだったろうなぁ…」
そっか…電車走ってなかったのか…危ない危ない。 ボロだすとこだった。
「はい!コーヒーどうぞ!私、近くのホテルで働いてるんですよ。行楽シーズンも紅葉までひと段落なんで休暇なんですよ。さっきもそれで…。ところで、どちらに泊まってるんですか?」
「●●荘?」
「そ…そうそう!そうです」
「シャレが旨いだなナギサン!」
コロンがチャチャを入れてきた。
答えるかわりに右手でコロン(腕時計)をグッと押さえ込む。
「あそこいいでしょ?私も好きだよ。お湯もいいけどこの辺みんな『源泉かけながし』のお湯だから良いんですよーっ。『湯めぐり手形』を買うと3軒ハシゴできるからお勧めだし。あっ!コーヒー冷めないうちにどうぞっ!」
「あっはい!…アチチチ…」
うわっ苦ッ!コーヒーってこんなに苦いんだ…
「やっぱり、あれですか?タウシュベツ?」
「はっ?タウ…?」
「今年は、雪も雨も少なかったから今でもほとんど全体が見えてるそうですよ。いつもの年ならこの時期には、もう湖に沈んで見えなくなるんだけどね。」
「沈んじゃ…橋の意味ないんじゃ…?」
「ううん!タウシュベツ川橋梁って糠平ダムができる前の旧路線の橋だからダム湖が増水期になると、橋の上まで水位が上がるんですよ。だから『幻の橋』って言うんだなぁ…一見の価値ありますよ」
「でも、車でないとね…林道も4キロくらいあるし…」
「そうですか…残念ですね…」
“幻の橋”って言葉に興味が出てきた。
だいたいの場所がわかったらあとで風に乗って見に行こうかな。
「うん…でも…もう…いいかぁ!良いですよ。休みだし案内しますよ。私も行きたかったし、明日にでも…」
「えっ?いいんですか?」
「うん!いいよ!せっかく、ぬかびら源泉峡に来てくれたんだし」
ホント言うと、そのつもりじゃなかったけれど幻の橋を見に行くことになった。
そのあとしばらく、知っている世間がかみ合わない話をした後、宿まで送ってくれると言い出された。それは丁寧に断ったけど…バレちゃうから…
「丸干しの箸たぁ明日だは面白さうなやねナギサン」
「う…うん…」
なんか、嫌ァ~な予感がするんだなぁ…
(つづく)
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