【前回までのあらすじ】
ナギサは女の子の幽霊。なりきれてない感で自称、半人前の幽霊。
生前は、海の街で暮らす海の大好きな子でしたが、運命は日、彼女を『想い』だけの存在にしてしまいました。両親には声も姿もわからず、やがて彼女を残して家からも去ってしまった。
行くところもなく、一人そこで暮らしていたナギサは、人から姿を見られることもあり、幽霊騒ぎが起きたことから人嫌いになり家に引きこもるように。多感な年頃のナギサは外の世界に憧れながらも日陰で暮らさねばならなくなった…
ある日、棟続きの家にカズヒロという男の子が越してきて、ひょんなことから押入れの穴越しに付き合うようになる。不思議にも彼にはナギサは普通に生きている子となにひとつ変わらないように見えていた。
ナギサにも数年ぶりに楽しい日々が訪れたようだが、カズヒロは両親の都合で再び引っ越さねばならなくなってしまった。
再会の約束をしながらもナギサは、また暗がりでひとりぼっち。
ある嵐の夜、強い風は家の屋根を壊してしまい、引きこもりの暮らしも続けられなくなってきた。
おりしも近所で起こった身に覚えの無い幽霊騒ぎ。様子を伺いに行ったナギサは、風に乗っていろいろな海を旅する幽霊に出会い、風に乗る方法を教わった。
そうしてナギサの旅は始まったのですが、人の目が怖い彼女の旅は、自然と行き先が『時が残した忘れ形見』の旅になったようです。
その旅の道中に出会った石地蔵の魂『コロン(石ころなのでナギサがコロンと名付ける)』という旅の道連れもできましたが、ナギサと正反対で“人間観察”の大好きなコロンをなだめるのに毎度ひと苦労…
今日も一夜の宿として空から見つけた森の中に佇む廃墟へやってきたのですが、なにやらいつもと違い大きくて奇妙な感じのするところのようです。
そこでナギサは、うっかりエレベーターホールから階下に転落。コロンのいる上へ戻ろうとしていたところ、先にコロンの元には怪しい人影が現れていた…
イーッヒッヒッヒ… い?
「あれ… コロンいない… どこ行ったの?」
上へ戻るとき、ちょっと驚かせてみようと企んでたのに、入れ違いにコロンは下に降りていったみたいだ。戻るって言ったのに…
『コローン コロコローッ 私、ここだよーっ』
返事がない。
屋上に行ったのだろうか…まさか勝手に表へは行ってないだろうなぁ…
それにしても返事くらいできるだろうに
まてよお…コロンも私を驚かそうとしてしてるんじゃ… そんなとこあるからなぁ。
よし!そうはいかないぞ。 まだ外も明るいし、受けてやろうじゃないか!
回りを気にしないフリをしながらも細心の注意で探すことにしよう。
作りかけで止まってしまったみたいな建物。命が入っていないようで静かだ。
建物の命はいつ入るのだろう…
鉄や石や木や、そのほかいろいろなもので作られたお城。
大きな体を形作る部品は、またそれぞれ命を持って、別な心も持って、ひとつの建物として完成した時、初めて建物としての心になるのだろうか。
私が話してきた建物や橋や、いろんなものたちは「その形として」の心を持っていた。でも、その以前もそれから先のことも、どうなっていくのかよくわからない。
そういえば、コロンも始めからコロンじゃなくて大きな石の一部だったということを聞いたことがあった。
それが割れて、小さくなって、小さなひとかたまりになったときに初めて『コロン』という心が目覚めたらしい。
ひとつの体があって、ひとつの命がある人もまた、同じじゃないだろうかと思うことがある。
元は、何か大きなもののホンの一部で、そこから「私」という欠片が落ちることが誕生というものなのだろう。
今こうして「この世」にとどまるための器を失った欠片。それでも私はまだ私なんだ。
いつか、今の私がもっと小さいものになるか、大きなもののひとつになることで「私」という存在が残っていても別なものとして変っていくのかもしれない。
そういう覚悟は、いつかしないとならないだろう…
抜け殻になった建物(体) 抜け出てしまった私
私は、まだ「私」のまま。
体のない半人前な存在の私。 それが「私」
ひとりになると、そんなことを考えてしまう。
このまま何も変らないで、何にもならないでズーッと旅しているけど
こんな日もいつか、終わらせる日が来るんだろうなぁ…
私がこの世界に留まっていこと。それが「迷い」ということのか…。
『幽霊』って、きっとそういうものなんだろう…
えーいっ!ダメだ!ダメだ!
そんなこと考えてるから、コロンに言われるんだ。
『ナギサーン!ひきこもりぁダメですらにぃ。もっと明るくに出りませんとなぁ』
そうだ!コロンを探してたんだ…
一方、海を隔てた向こう側の町。カズヒロは、居候の幽霊に大変うんざりしていた。
「山は良いところよーっ。君も登ってみればいいのに…」
「あんたがそれを言うわけ?」
「私? なにが? どうして?」
「…だって…山で…」
「…そうよ。山で死んだよ。でも、だからって山が鬼ってことにはならないじゃない…」
「だけどさ…なんつーか…説得に欠けるじゃないか」
「ああ!そっか!…だよね。山で遭難した私の言うことじゃないよね。ハハハ…。でも、あれは私の不注意なんだし、いまさらどうこう言ってもねぇ…」
数ヶ月前から、この幽霊にとり憑かれている。
生前は大学の山岳部員で、登山中の事故で亡くなったそうだ。
捜索では見つけてもらえなかったらしい…。
自力(?)で戻ったその家も、すでに空家になるほど年月が流れて、行き場を無くしてたところに通りかかったのが俺らしい。
始めは、怖いというか、驚いたというか、信じられない気持ちで呆然としていたけど、もう慣れた。
慣れたというよりあきらめたというべきだろうか…
いや!あきらめるもんか! 四六時中傍にいて、やることなすこと全部見られているのは、もうガマンできない。
「別に君をとり殺すつもりなんて全然ないよ。それで私がなにか得するわけでもないしさ…。行き先ができたらちゃんと離れるから、それまで一緒にいさせてよ…。ね?」
断ると、それこそ逆恨みでとり殺されるような気がして嫌とは言えなかった。
選ぶ選ばないというよりこれは、暗黙の強制みたいだ…
「カズ?近頃、食欲ないの?なんだか疲れてるみたいよ」
母さんも言ってた。
やっぱり、やつれて見えるんだろうな。
そりゃそうだよ。いつも幽霊が傍にいるんだから。
言っても信じてくれないだろうけど、寝てるときも 学校に行くときも トイレの中だって…
「ねえまだ終わらないのこんな狭いところじゃ落ち着かない」
「なら外に行っててくれよ!出るものも出やしないじゃないか!」
「照れてるの? カワイイ…」
そういう問題じゃないって…!
そもそも幽霊なんてのは、なんていうか、狭くて薄暗いところにいるもんだろ。
しかし…この調子じゃ、やつれてくるのも無理ないな…いつも見張られてるみたいで充分ストレスだ。
幽霊に取り憑かれるっていうのは、たぶんこういうことなんだろう。
「恨み」とか「呪い」ってのは、今はよくわかんないけどさ…
「ところで“ヒダル”…」
「だから私の名前は“ヒカル”」
幽霊の名は「ヒカル」という。
それを「ヒダル」と聞き違えただけで、すごくムッとしてた。
「ヒダルって“大台ケ原※”あたりに出るやつでしょ。伝説ににでてくる妖怪でさ、入山した人に取り憑いて衰弱死させるんだとか…怖いよねぇ…」
※三重県と奈良県の県境にある標高1400~1600の大地。山中で突然の脱力感や体に重みを感じることがあり歩くこともできなくなるという。火山ガスの影響が考えられたが火山は存在しない場所である。調査により、森林内の枯葉などの堆積物が腐敗する過程に発生する二酸化炭素説が有力。「大台ケ原」の場合、有機物の存在・暖かい気温・湿度など二酸化炭素の発生する要因が整っていることが判明している。これは、大台ケ原に限ったことではなく、季節により日本全国で同様のことは起こりうる。二酸化炭素を大量に吸い込むと心拍数の増大、脱力感、意識障害など中毒症状が現れるため、登山の際は窪地などガスの溜まりやすいところでは注意が必要。また単独登山も避けるべきである。
それじゃアンタそのまんまじゃないか…と思うけど…冗談でも言えない。
ホントに殺されちゃかなわないから。
でも、嫌味を込めて、いつも間違えたフリで“ヒダル”と呼んでる。
いつもそうだとさすがの幽霊でもあきらめが付くのか“ヒダル”で返事するようになった。
「ヒダル?なんで、よりによって俺にくっ付いてるのさ?中学生の俺にさ」
「うーん…なんとなく、つかまりやすい人がわかるのかな…。そう!アサリみたいな感じで」
「アサリ」
「水に漬けたアサリみたいに白いのを出しててさ。いつもじゃないけどね。 それがあると私はつかまって行けるの。多くの人はいつもピッタリ口を閉じてるから、私も無理。ここまで戻ってこられたのも、そうして人を渡り歩いて来たからだよ」
「舌って…そんなのをだらしなく出してるわけなのかい」
「違うってそれが「霊感」っていうものなんだよ。霊が絡みつきやすいものなんだよ。君はそういうところが優れているよ」
…なんだ、それって褒められてるわけ?
「じゃあ、もっと役に立ちそうなのに乗り換えてくれればいいじゃないか。霊能者みたいなのとかさ」
「ところが、お寺とかにも寄ってみたけどさぁ、そんな人が都合よくどこにでもいるわけじゃないのさ。山から町まで降りてきてもここに来るまで何年も足止めになったんだし」
「でもさ、俺に取り憑いたって何もできないよ」
「確かに、中学生じゃねぇ…。だけど、こうして話までできたのは君が始めてよ。…君さ、前にもこういうことあったんじゃないの?」
「前にって…取り憑かれたこと? ないよ」
「気づかなかっただけじゃないの? 私はわかるよ。君にはそんな匂いがある…」
「えっ?どんな匂い?」
「いやぁ頭悪いよね“匂い”ていうのは例え」
ヒダルはそう言うけど、幽霊と知り合ったことなんか、ただの一度だってない! なかったはずだ…
「コローンあれぇ…ホントどこいっちゃったのかなぁ…」
あちこち探した。 ずいぶん探した。
古い鍋や壁の穴まで覗いてきたけれどコロンは、どこにもいる様子がない。
この建物は大きすぎるんだな…。
いよいよとなったら「線」を延ばして建物全体を探るしかないか…。
それだと、このゲームのルールにはインチキだろうけど。
「わあっ ビックリしたコロン~っ!どこ行ってたの?」
「…」
「コロンも人…いや、石が悪いよぉっ。 たしかに私の負けだけどさ」
「…」
「…?」
あれ?怒ってるのかな…?私、何か悪いことした?
「ねぇ…コロン… まだ外は明るいし、近くの街まで行ってこようか…」
「…」
「違うコロンじゃない…あなた…いったい誰」
『うわぁっ』
たくさんの手に捕まれて
私の体は、グリグリ コネコネ粘土みたいに千切られそうになったり、丸められたり…
なんとか逃げようとしたけれど、すぐに何がなんだかわけが分からなくなった。
気がつくと─錆だらけの狭い部屋にいた…
「あや?ナギサン お目覚めしたすか。お早な到着でしなやぁ!」
「あっコロン やっぱり、あれコロンじゃなかったんだよかったぁ」
「ナギサン、あやつらがあてに見えましたのだか?」
「いや…そうじゃなくて…えーと…ゴメン…。 それよか何なの、あの人なにも悪いことしてないのに、こんなとこに詰め込んでぇ…もしかして勝手にここに入ってきたから?」
「あっしも良ぉわかりしませんなだぁ」
「面倒だし、こっそり出てこうよ。今ならいないみたいだし、こんな隙間だらけのとこならすぐに逃げられるよ」
「どやかなぁ…あては無理やぁて思いしまはるよ」
「大丈夫。ちょっと様子を見てくる」
ホントのところアイツがなんなのかはどうでもいい。
めんどうなことからは、できるだけ早いうちに逃れるべきだ…
少なくともこんなところに押し込められたんじゃ、相手が善人とは思えないから。
「ナギサン?どなでしかな?」
「大丈夫みたい。今はいな… わっ ち、ちょっと待ってお願い私の話聞いてやめてやめてヤメテーっ」
「ナギサン、大ジョブか? えらい早いこったんなぁ…」
「あぅ…ナギサン…もうダメぇ…」
卵の中に入れられて振り回されたみたいに、もうフラフラだった。
なんだか、すごく面倒なことになったのみたいだ。
どうしようかとゴチャゴチャな頭で考えてたら、ずっと前に読んだ『ヘンデルとグレーテル』のお話がよぎってくる。
森で迷った兄妹が見つけたお菓子の家は、恐ろしい魔女の家で、捕まって食べられそうになるというお話。
私とコロンもあいつに食べられてしまうのかなぁ…
そう思うと、なんだか悲しくなってきた…
(つづく)
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